※ 第20話 え? 本当に出て行ったのか!?
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――コンコン
執務室にノックの音が響く。
「入れ」
声をかけると、扉が静かに開いて執事が姿を現した。
「おはようございます、旦那様」
「あぁ、おはよう」
書類に目を通しながら返事をする。
「……あの、旦那様……」
何やら口ごもる執事に、顔を上げた。
「どうした? 話があるのだろう?」
「はい。奥様の件について、ご報告があります」
「そうか。どうせ、あいつは出て行かなかったのだろう? 全く……朝一で出て行くなど愚かなことを言い出して。荷馬車になど、乗れるはずもないくせに」
書類にサインをしていく。
「……いえ、奥様は荷馬車に乗って出ていかれました」
「なるほど、出て行ったか……」
頷きかけ、手が止まる。
「は? 今出て行ったと言ったか?」
聞き間違いをしてしまったのだろうか?
「はい、出ていかれました」
神妙な面持ちで答える執事。
「何を言っている。朝から質の悪い冗談はやめろ、俺は忙しいんだ。今日中にこの山積みの書類にサインをしなければならないからな」
机の上の書類の束を指さした。
「私だって、冗談だと思いたいです。けれど、奥様は本当に旅立ってしまいました。
……荷馬車に乗って。しかもメイド服姿で」
「な、何だって!? おわぁっ!? 書類にインクが!!」
興奮したあまり、書類の上に握りしめていた万年筆のインクが落ちる。
「……くそっ!! 滲んでしまったじゃないか!」
忌々し気に書類を見つめ、執事を睨んだ。
「何故止めなかった!! 引き止められるなら引き止めろと、あれほど言っただろう! ! こちらの意図に気付かれないように!」
「そもそも、それが無茶だったのですよ! こちらは何度も奥様に尋ねましたよ? 『本当に、このお屋敷を出られるのですか?』と。ですが、奥様の答えは一貫して『出ていく』でした引き止められるはずなんてありません!」
「ぐっ……!」
まさか言い返してくるとは。
「そもそも旦那様がいけないのではありませんか? 気付かれないように引き止めることが、そもそも無理だったのですよ。はっきり『出て行かないでくれ』とおっしゃるべきだったのに」
「うるさい! そんなこと言えるはずないだろう? 俺は本当に、アレにはうんざりしていたのに! だが仮にも彼女は公爵夫妻の令嬢だ。俺の意見が通用する相手ではないのは知っているだろう!?」
「さようでございますね。確かにそのせいで旦那様は、あの伯爵御令嬢と終わってしまったのですから」
「やめろ! 彼女の話はするな! 思い出したくもない!」
右手で顔を覆って、左手を大きく左右に振る。
そうだ、彼女が大金を受け取って俺の前から消えたのは事実。
しかもさっさと別の恋人を見つけてしまった。
「ですが、旦那様。このような言い方をしては、何ですが……あの方には既に恋人が
いらっしゃったのではないでしょうか? 恐らくこれ幸いと公爵御夫妻から、お金を……え? あ……も、申し訳ございません!」
俺の恨めしい視線に気づいたのか、執事は慌てて謝罪してくる。
「……はぁ~もういい」
「旦那様……」
「とにかく今すぐ離婚はマズイ。公爵夫妻からは、何があっても絶対に離婚は許さないと言われているからな。その為に巨額な支度金を預かったのだから……」
だが、どうすればいい?
彼女はメイド服を着て荷馬車に乗って、辺境領地に行ってしまった。
何と言い訳をすればいいのだ?
腕組みして少し悩み……閃いた。
「よし、時間稼ぎをしよう」
「は? 時間稼ぎ……ですか?」
「ああ、そうだ。公爵夫妻には、妻は領地開拓をするために、多忙な俺に代わって旅立ったと。離婚届は出さない……いや、出せない」
「……さようですか」
気のせいだろうか? 俺を見つめる執事の目がどこか冷たい。
「何だ? 何か言いたいことでもあるのか?」
「はい。実は奥様ですが……旅立たれる時、ご自分のことをカプシーナと名乗っていらっしゃいました」
「は?」
いや、待て。今何と言った。
「すまない、もう一度言ってくれ。
どうも耳がおかしくなったようだ」
「はい、申し上げます。奥様は旅立たれる時、『カプシーナ(ピーマン)は、新天地に旅立ちます』と仰っておられました」
「な、何だって!?」
それは使用人たちが陰でつけたあだ名ではないか――!!
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