第19話 カプシーナ、旅立ちます!
執事に案内された先吹き抜けになったホール。
目の前には私の背丈を軽く二倍は超えそうな大きな扉。
「えっと? ここはどこ?」
見覚えのない場所なので尋ねると、執事は目を丸くした。
「奥様、もしかしてまだ寝ぼけていらっしゃるのですか? ここはエントランスホール。つまり、この扉を開ければ外です」
「あ、そうなのね。なら行きましょう」
早速ドアレバーを握りしめた。
「お待ちください」
「何?」
突然背後から執事に声をかけられ、振り返る。
「あの……本当にこの屋敷を出られるのですか?」
「本当だけど?」
「本当に、本当ですか?」
「本当に、本っ当だけど?」
何故そんなことを尋ねるのだろう?
あ、もしかして……。
「まさか、私に食べ物を用意しなかったから引き留めてるの? 今から用意してくれるの?」
「は!? 違いますよ!」
思い切り強く否定されてしまった。
「ふ~ん、ならどうして?」
「……いえ、別に深い意味はありません」
視線をそらせる執事にちょっと疑問を感じるけれど……。
まぁ別にいいか。
そのまま扉をゆっくり開く。
ギィイイイ~……
軋んだ音が吹き抜けホールに響き渡る。
大きく開け放つと、目の前には広々とした敷地が広がっていた。
屋敷から真っすぐ門まで伸びた広々とした石畳。
その両サイドは奇麗な芝生が敷き詰められている。
屋敷の周囲は木々で囲まれていた。
「う~ん、やっぱりまるで見覚えのない景色だわ。でも絶景じゃない」
初めて見る屋外の景色に少しだけ感動する。
「奥様? どうかなさいましたか?」
台車を押した執事が声をかけてきた。
「ううん、何でもない。ところで荷馬車はどうしたの?」
てっきり外で既に待機していると思っていたのに。
「……妙ですね? 五時には屋敷に来るように外注しておいたのですが」
執事が周囲を見渡す。
「え? 外注? この屋敷の荷馬車を用意してくれたんじゃないの?」
「はい。旦那様から『荷馬車は外注しろ』と命じられておりましたので」
「なるほどね……」
つまり、私にはわざわざ屋敷から荷馬車を出してやる必要はないと。
うん、やっぱり悪意が感じられる。
でも「もう、うんざりだ」と言われるほど嫌われてるから無理ないか。
「まさか、来ないなんてことはないわよね?」
執事を見あげたとき。
「あ! 奥様! 来ましたよ!」
執事がビシッと門扉を指さした。
私も視線を向けると、幌付きの荷馬車が猛スピードで向かっている。
ガラガラガラガラ……!
ぐんぐん近づいてくる荷馬車。
御者台には麦わら帽をかぶり、胸当てズボンを履いた青年が鬼気迫った様子で手綱を握り締めている。
「ドウドウー!!」
数メートル手前で馬を止めると、御者台から飛び降りた。
ズザァッ!
と地面にひざまずく。
え? 何? 何?
「遅くなって、大変申し訳ございません!!」
叫ぶと、頭を地面に擦り付けた。
「何故、時間どおりに来なかったのだ?」
執事が厳しい声で尋ねる。
「は、はい……実は……ね、寝坊を……」
地面に頭を擦り付けたまま震え声で答える青年。
「何? 寝坊だと?」
「まぁいいからいいから。寝坊なんて、誰にだってあるじゃない」
私は執事の肩をポンポン叩いた。
「ですが……」
「私はちっとも気にしてないから。そんなことより、そこのあなた。顔を上げて。ついでに立ってよ」
「は、はい……」
彼は恐る恐る顔を上げると、ゆっくり立ち上がった。
「それじゃ、私を早速ここまで送ってくれる?」
昨夜夫から貰った地図を男性に差し出す。
「え!? お、お待ちください! 私は、ただ荷馬車を用意してこちらの御屋敷に運ぶよう命じられていただけですが……!」
「え? そうなの?」
執事に尋ねると、彼は無言で頷く。
あ~……そういうこと。
なるほど、夫はそこまで私を困らせたいと。
「なら、こうしましょう。ほら、これあげる」
ポケットから金貨を1枚取り出した。
「あ!! き、金貨ではありませんか!!」
青年が目を見張った。
「これをあげる。ついでに送ってくれた荷馬車も返す。だから私を連れて行ってよ」
「はい、勿論です!」
「奥様、何を仰ってるんです!」
二人の声が同時に重なる。
「いいじゃない」
「いいじゃないですか!!」
私に続き、青年も声をあげた。
「……はぁ……分かりました。もう決心は固い、ということですね?」
執事が溜息をつく。
「当然じゃない?」
変なことを聞く執事だ。
「では、早速参りましょう!」
青年は荷台から次から次へと旅行鞄を移し替えていく。
最後の一つが積み終わり、私も荷台に乗り込んだ時。
「奥様……本当に出ていかれるのですね?」
執事が神妙な顔つきで再び尋ねてきた。
「また聞くの? 出ていくわよ、もう決めたんだから。夫によろしく伝えて。カプシーナは、新天地に旅立ちますって」
「え? カプシーナって?」
執事が目を丸くする。
「さぁ! 行ってちょうだい!」
私の言葉に御者台の男性が返事をする。
「はい! ハイヨー!」
ガラガラガラガラ……
荷馬車が音を立てて走り始める。
「奥様―! カプシーナって……!!」
叫ぶ執事。
最後の方は聞き取れなかった。
「元気でねー! 見送り、ありがとー!」
私は執事が見えなくなるまで手を振り続けた――
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