第18話 か弱い私には運べません
――翌朝
出発の準備を万全に整えた私は、ソファに座って執事の迎えを待っていた。
「もうすぐ五時……そろそろかな?」
じっと時計を見つめていると、部屋の扉がノックされた。
――コンコン
おおっ! まさにジャストタイミング!
『奥様、起きていらっしゃいますか?』
「起きてるわよ! 入ってちょうだい!」
大きな声で扉に向かって叫ぶ。
――カチャ……
「失礼いたします……え? ええっ!? 奥様! そのお姿は一体……!?」
部屋に現れたのは昨夜の執事。
私を見て、顎が外れそうなほど大口を開けている。
「どう? 似合うでしょ?」
私が選んだのはメイド服。
まさに旅立ちの日にぴったりの装いだ。
「……あの、何故メイド服をお召しになってらっしゃるのです?」
どこか呆れた様子の執事に、私は胸を張った。
「よくぞ聞いてくれたわ。実はね……」
****
昨夜のこと――
メイド達と翌日の朝食の話をすませ、詰め所を出たとき。
『ん? この部屋は何だろ?』
隣の部屋に【リネン室】と記された札が扉に貼り付けてあることに気付いた。
『リネン室ねぇ……』
扉を開けて中を覗いてみると、洗濯済みのメイド服が棚に並べられている。
『わぁ~沢山あるのねぇ……』
試しに一着手にとってみると、真っ黒のワンピースは簡単な作りになっている。
『これなら余裕で着れるじゃない……』
自分の部屋のワードローブには一人で着れそうにないドレスばかり。
かろうじて、これならいけるだろう!
と思しき服を何着かは旅行鞄に入れた。
でも数が少なくて困っていたのだ。
『これ……旅の装いにぴったりじゃない! 汚れも目立たないし!』
そこで私はサイズの合いそうなメイド服を五着拝借したのだった――
****
「……なるほど。それで今、奥様はメイド服を着用している。ということですね」
右手で額に触れ、大きくため息をつく執事。
「そういうこと。身軽に動けるし、最高でしょ」
「ですが……仮にも奥様は侯爵夫人なのですよ?」
「あら? もうそれも終わりじゃない。私は夫と離婚して、新天地に行くのだから」
「え? あっ。そ、そうでしたね」
何やら怪しい態度を取る執事。
でもそんなことはもうどうでも良かった。
「ねぇ、ところで私の朝食は? 昨夜メイドに頼んであるのだから。当然用意されているのよね?」
「朝食? 一体何のことでしょう?」
「……え? もしかし何も聞かされてないの?」
「ええ、全く。何一つ」
首を振る執事。
「そ、そう……」
やっぱり、これはあのメイド長ハンナの嫌がらせなのだろう。
なぜか彼女からは他のメイド以上の敵意が感じられるし。
「まぁ……無い物は仕方ないわね。でも、とりあえず何かください」
私はズイッと右手を差し出した。
「え? いや。何か下さいと言われても……御覧の通り、手ぶらで来ましたから」
両手をブラブラさせる執事。
「はぁ~……仕方ない。荷物運びに来てもらっただけ、マシと思わないとね」
「え!? まさかそのために私をここへ呼んだのですか!?」
「当然じゃない。か弱い私がこんなに沢山一人で馬車まで運べるはずないでしょう? この屋敷の執事なんだから、運んでくれたっていいじゃない。私はまだ侯爵夫人なんでしょ?」
口を挟まれないよう、一気に申し立てた。
「……分かりました。今台車を持ってくるので、少々お待ちください」
執事は一度廊下に出て行くと、すぐに戻って来た。
右手には木製の台車を手にしている。
執事はひょいひょいと旅行鞄を台車に積み上げ、あっというまに八個全て
乗せ終えた。
「すごーい!」
パチパチ手を叩くと執事は呆れ顔になる。
「賞賛は結構です。参りますよ」
「ええ、レッツゴーよ!」
「……何ですか? 今の言葉は」
う~ん……? 何だろう?
「さぁ、突然口から出てきたのよ。それじゃ行くわよ!」
「はい、参りましょう」
私は台車を押した執事を連れて、全く実感が持てない自分の部屋を後にした――
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