009 中央手術室
運送業者が去ったあと、柔曽は、届いた巨大な銀色の箱を、さらに、室内の奥へ運び込んだ。
そのサイズとしては……。
例えるなら、工事現場やイベント用の、屋根付き仮設トイレを一つ、横倒しにした感じである。大きさ的にも、重さ的にも、人ひとりでは当然、運べない。
しかし、柔曽の住まいには、特殊な改造が施されている。
もともと診療所であるし、その上、「今日、この日」に備えて、ベルトコンベアーやロボットアームなども、廊下に設置済み。よって、巨大な箱と言えど、あっさり、中の手術室へ移動することができた。
最も設備の整った、中央手術室である。
宙端診療所で一番お金がかかった、自慢の医療空間。
必ずしも、今日のためだけに、この部屋を充実させたわけではないけれど。
医師としては、一流の最先端機器がそろった、セキュリティーも万全な手術室があるのなら、職業人として、申し分ない。
実際、若き日の柔曽は、数々の難手術を、この部屋で成功させた。また、要人や裏社会の極秘手術も、何件か、成し遂げている。
(さてと、何はともあれ、まずは生命維持が最優先だワな)
この箱のあけ方は、母親から教わっている。ただし、手間がかかるため、順序としては、中にいるはずの「人間」の、安全を確保するのが先だ。
(ええと、箱の端っこに埋め込まれた、青と赤のボタンだったよな。――あった、こいつだ)
柔曽は、母から引き継がれた言葉を思い出していく。
そのメモ類は、子供の頃に受け取っており、ある程度まで、内容は暗記している。
(……青ボタンを、二秒以上、押す。それを四回。次に、赤と青を交互に五回、ただし、押すのは一瞬だけ、間隔は一秒を超えないように注意、だったよなア。次に、ボタンを二つ同時に押して――)
手順どおりに押し終わると、コンテナが、音をたてて反応した。
ギッ、ギッ、ギッ、ギッ、ウィイイ。
こすれるような、重たい金属音とともに。
箱の側面、床に近い箇所が、六十センチ四方ぐらい、スライドした。
「おおう!」
中から、コードが二本、ニュルッと押し出されてくる。
(ちゃんと作動したぜ。母ちゃんが言ってたとおりの展開だ!)
早速、うち一本を柔曽はつかんで、コンセントに差し込む。
これで、内蔵バッテリーから、外部電源へ切り替わったはずだ。「冬眠カプセル」の電源切れの心配は、なくなった。
次に、もう一本のコードを、そばの装置につなぐ。
普段は、患者の体に取り付ける物で、バイタルサインを表示する機械。すなわち、心電図や呼吸をリアルタイムで測定する。正式には、ベッドサイドモニターと呼ばれる。
そこにコードを接続した直後、
ピポッ。
高い電子音。
「――ッ!」
何と、ベッドサイドモニターが、即座に反応したのだ。
ピッ……ピッ……ピッ……ピッ……
折れ線グラフのように。
線が上がって、下がって、上がって……。
微弱ではあるものの、脈拍が測定され始めた。
楕円の表示盤に、左から右へと、ゆっくり、光る波形が描き出されてゆく。
「ひゃー……。まいったねェ、こりゃァ」
柔曽は息をのんだ。
(生きてやがる。この中の、何者かが)
母・カヲルコが言うように、それがゼルボク王国の姫なのかは、まだ分からぬ。
ただ、少なくとも、生きた人間が一人、間違いなく、このコンテナの内側にいる。それだけは確認された。
びっくりしている自分自身に対して、柔曽は少し、びっくりしていた。
(心のどこかでは、疑ってたってことだワな。まア、無理もないヤな。『人工冬眠』だなんて、荒唐無稽な話……)
なおさら、気を引きしめて、ここからは真剣にやらねばなるまい。




