006 コダカランド
マリモの差し出した花束は、いわゆるブーケと呼ばれるサイズで、小振りであった。茎も、短く切りそろえられている。
意表を突かれた柔曽は、低音で、感激の叫び声を上げた。
「うおおうー! こいつア、うれしいねェ!」
片手で、自分の頭をピタピタと、たたく。
筋骨たくましい、スキンヘッドの男が、カカカカッと陽気に笑い、目を細めている。端から見たら、ちょっと異様な、怖い光景かもしれない。
しかし、そんな柔曽を、花束を持つマリモは、にこにこ見上げている。
柔曽は、身をかがめて、両腕を伸ばし、花束を受け取った。ビニールの包装が、パリッと音をたてる。
ここは真面目に、おじぎをして、
「ありがとう。僕の誕生日、よく、覚えててくれたねエ」
手があいたマリモは、もしゃもしゃの黒髪を指に巻きつけながら、
「えへへ。脚の、冬の再手術の時に、教えてくれたから」
うなずいて、
「あア、そうだったかなァ」
と、柔曽も思い出す。雑談で、誕生日の話題が出た気がする。
九月十九日。今日は、柔曽の誕生日。マリモが言ったとおり、本日で五十歳となった。
「いやー、きれいだねェ」
柔曽が持つと、花束は小さく見えた。だが、花びらの黄色や青、葉の緑色は、大きな手の中でも、くっきりと浮かび上がる。
どうやら、商品として扱われる生花ではなさそうだ。どの花にも、自然な野趣がある。ツンと、草の匂いも濃いめだ。
「マリモちゃんが、摘んでくれたのかイ?」
すると、マリモが赤面した。肌は黒っぽいが、それでも、ほほの辺りはくっきりと赤い。
「――」
誇らしさというより、ばつが悪そうだ。
それを示す言葉。
「お花屋さんで買うお金がなくて……」
柔曽が、あわてる。
「違うよう。そういう意味じゃないさァ。山とか野原とかで、きれいなやつだけ、厳選してくれたなと。これ、かなり、選び抜いて、絞り込んであンだろう?」
お世辞ではなく、本音である。
実際に、そういう感じなのだ。自然に生えている雑草の中から、絵になる花だけをこれほど集めるのは、簡単ではなかったはずだ。
マリモの笑顔が、困っている風から、うれしそうな方へ変わった。
「うん! まあ、ほとんどは、コダカランドの庭に生えてたやつだけどね。この、つぶつぶとか」
マリモが指差したのは、花束の外側を飾る、オレンジ色の、細かな花。
柔曽は、
「これ、点々がいっぱいで、かわいいなア」
「ヤブガラシっていうの」
「へえー。中心の、この黄色いのは?」
大きめの花びらは、雑草離れした存在感。それと、くねくねした葉。
「マツヨイグサ。交差点の、中央分離帯に生えてるんだよ。さっき、取ってきたの」
「オイオイ、危ないぜエ」
柔曽は、軽く顔をしかめた。
「もちろん、車には気をつけてるよ」
「くれぐれも、ほどほどになァ」
やんわり、くぎを刺すと、
「はーい」
マリモも、少し真顔に戻る。
なお、コダカランドは、マリモが住む孤児院・育児施設の名前。「子宝」と「ランド」とを掛けている。全国の市町村ごとに設置されている。
官民で運営される施設で、柔曽も時々、ボランティアで出張診療をしていた。
マリモが、花の解説を続ける。
「こっちは、昼咲き月見草で……きゃっ!」
「おおう」
二人、同時に、小さく驚きの声を発する。
突然、花束の中から、ひょこっと、カマキリが顔を出したからだ。
長さは数センチで、小さい。胴が太めだ。
「ハハッ、カマキリのオマケ付きだ」
柔曽が明るく笑う。花を集める途中で、紛れ込んだのだろうか。
「虫は苦手かィ?」
「そうでもないけど……」
と、つま先で立ったマリモが、緑色のカマキリを、人差し指でちょんと、つつく。カマキリは、応じるように、胴を後ろにそらし、カマをシュッと動かした。
それから、もそもそと、カマキリは月見草の花に乗っかる。虫の重みで、葉っぱが階段みたいに沈んでいる。
花のてっぺんで、カマキリは逆三角形の頭をかしげる。首を左右へ回し、マリモと柔曽を、キョロキョロと見比べた。
「人間みたい」
マリモがつぶやいて、二人は、思わずフッと吹き出す。




