034 待合室にて、すり合わせ
紗良葉がドアをあける。
ノブを引いたら、ギギッと、きしむ音が、それらしく響いた。明らかに、デジタルの合成音、ギミックだったけれど。
「あ……」
唇から、高い声がもれる。
入った所には、眼前に、四角い光が、ぼうっと浮かび上がっていた。小さな窓みたいな、長方形である。
それ以外……周囲は、水色のゼリーみたいな壁に、丸く囲まれている。ゼリーの内部には、白いつぶつぶが、無数に光っていた。
不思議な小部屋、といった感じだ。
(ネット空間の一角を、プログラムの壁で取り囲んで、デジタルの控室を作った感じかな)
そんなことを考えていたら、
「あっ!」
もう一回、声が出た。
正面の四角い光に、人の顔が映し出されたからである。最初はぼやけていたが、すぐ、クリアになる。
映っていたのは、スキンヘッドの中年男性の顔。映像であった。どうやら、テレビ電話らしい。
筋肉を鍛えてあるのか、首が太い。黒い上着。胸部の下まで、モニターのフレームに入っている。
男性が、テレビの中から話しかけてくる。今、ドアの外で聞いたのと、同じ声だった。ごつい顔つきだが、笑みと声音は優しい。
「ようこそ、こんにちは。情報が漏れないように、とりあえず、ドアを閉めますね」
「えっ、はっ、はあー」
背後の青いドアを振り返りつつ、あいまいな返事になってしまう。心のどこかに、閉じ込められることへの、恐怖もあったのだろう。
それを見越したように、
「ご安心ください。このドアは、外からはあけられませんし、立ち聞きなども一切できません。セキュリティーは厳重です。ただし、内側からドアをあけることは可能です。もし、出て行きたくなったら、いつでも、出て行かれます」
ゆっくりと、男性が解説する。
言い終わる頃、ギギッ、ギーッ、バタンと、静かにドアは閉まった。
一秒半の沈黙を挟んで、再び、説明が始まる。
「さて、改めまして、こんにちは、紗良葉さん。――冬眠カプセルのお姿と、そっくり同じですね」
「えっ、あっ……とっ、冬眠カプセルっ?」
覚えのある単語がポンポン出てきて、紗良葉の思考が追いつかない。
あいさつもそこそこに、早速、本題が始まってしまう。
動揺しながらも、紗良葉が続ける。
「じゃあ、私はもう、人工冬眠、コールドスリープから目覚めていて……」
スキンヘッドの男性は、画面の中で、首を横に振った。
男性は、ごく普通の自宅で話しているらしく、背景に、家具類がぼんやりと映っている。
「いいえ、そうではないのです。――今から、一つずつ順番に御説明しようと思いますが、ショッキングな内容も含まれています。心の準備は、よろしいですか?」
突然そんなことを言われても、困ってしまう。
だが、一方で――その程度の覚悟なら、とっくに出来てるよ、じゃなきゃ、こんな所へわざわざ来るわけないでしょ――とも思った。
問いかけに対して、紗良葉は、後者を強めに答えた。
「まあ、私、そのために来たんですから」
スーッと、ゆっくり目に息を吸い込んで、続ける。
「どうぞ。聞きます。お願いします」
モニター越しに、男性はうなずき、
「承知いたしました。……では、まず。――紗良葉さんは、西暦2005年に、コールドスリープに入りました。その、割と直後に、脳波や意識を電気信号として集約して、肉体から切り離しました。それは、福島県の蓼ノ磐島にて、サーバー保存されることになりました。……ここまでは、覚えていますか?」
男性の言葉を、一字一句、紗良葉は注意深く聞いていた。記憶と照らし合わせても、内容に間違いはない。
紗良葉が、ゆっくりとうなずいた。
まだ登場していない固有名詞も、積極的に口に出す。
「郡星研究所ですよね」
それは、自分が「なりすまし」ではないことを、証明したかったからでもあった。
すると、男性は、低音で「おおう!」と驚きの声を上げた。演技や気取りではなく、素で驚いている様子で、愉快そうに顔がほころんだ。
つられて、紗良葉も、フッと笑ってしまう。
まさに、お互いがお互いを徐々に信じ始めた、そのきっかけなのかもしれなかった。




