033 Knock!on the DOOR
例えるなら、広大な暗闇。
そこへ、光で作った細いパイプを、何万本、何億本も、組み上げた感じ。
光でできた、やぐら。光の迷路。
紗良葉は、その中に、一人で立っている。
先ほど気づいた、ゼルボク王国国歌の入った音楽ファイル。
これに載っていたコードを、タブレット端末のマイページにコピーし、位置情報変換アプリへ、張り付けてみる。
すると……。
「あっ、やっぱりそうだった! ちゃんと出た!」
ネットワーク上の座標が、タブレット画面に、赤い点で示された。言わば、仮想空間の地図である。
あとは、紗良葉の現在地を表示して、そこへ近づいていけばよい。
(ずいぶん、遠い感じだな。ネットワークの階層が違う?)
とはいえ、例えば「日本からアメリカへの海外旅行」みたいな、物理的な距離とは、たぶん異なるはずだ。工夫すれば、そんなに時間はかからないのではないか。
タブレットに示される矢印と、自分の進行方向とを見比べながら、光の網が入り組んだ通路を、注意深く渡る。
らせんの階段を上へ上へ歩き、垂直の光のフェンスを、よじ登る。
青いワンピース姿。
スカート着用の女の子としては、あられもない、お行儀の悪い行動かもしれない。でも、ここはネットワーク回線そのもののはず。恐らく、下からのぞき込んでいる輩も、おるまい。
光のパイプ一本一本には、余り感触はない。固めた空気みたいな手ざわりである。
たまに、宙に浮かんだハンドルやレバーに出会う。ショートカットアイコンだ。
つかんで、タブレットの指示どおりに回したり、引いたり。これによって、ワープが可能。目的地まで、近道ができるわけだ。
床、道も、光の格子だ。
光の柵に囲まれた、行き止まりの場所もあったが、腹這いになれば、下のすき間から抜けられた。
道が途切れ、谷間、崖になった所は、助走して、向こう側まで幅跳びをした。スカートも、ふわりと舞った。
感覚としては、半日ぐらい、歩いただろうか――
ネットワーク内だからか、息切れ・筋肉痛など、肉体的疲労はさほど感じない。だが、積み上がった面倒臭さと言うか、独特のストレスは覚える。
やがて。
「――着いた、この地点だ、ここだッ!」
ついに、国歌の音楽ファイルが示したアドレスと、紗良葉の現在地とが、ぴったり重なった。
スニーカーで、そこを踏んだ瞬間――
ブウーンッ!
重低音。
「キャァッ?」
先ほどと同様、いきなり、眼前にドアが現れて、思わず、二歩、後ずさりする紗良葉。
青いドアであった。
周辺は、光のジャングルジム。その中に、唯一、現実的な物体がある。不思議な構図だ。
……そろそろと、左手を伸ばし、ドアノブをつかんで、回してみる。
ガッ。ガッ。
押しても、引いても、ドアは突っかかる。鍵がかかっているのだ。
ノックしてみると――
少し、マイクのエコーが掛かった、ダミ声が返事をした。恐らく、中年男性か。
「ようこそ。あなたは、紗良葉さんですか?」
(――!)
心臓が跳ねた。
いきなり、自分の名前を、ズバリ、呼ばれたのだ。動揺しない方がおかしい。
驚きの余り、紗良葉ののどに、息が詰まって、
「カハッ!」
かすれた音が鳴った。
しかし――心の奥底では、ひそかに、この展開をちょっと期待していたらしく、ウキウキとときめいている自分もいて、
「はいッ。そっ、そうです!」
反射的に、答えていた。素直に。
ドアの向こうのダミ声は、ソフトな口調で、次の段階へ踏み込んでくる。話す速度こそゆっくりだが、その内容は、衝撃的であった……。
「こんにちは、初めまして。僕は、ジューゾという者です。僕の母親は、科学者でした。そして、その女性は、あなたの育ての親でもあるはずですよね。その人のお名前を、覚えていますか?」
「うわあァッ!」
今度は、本当に叫んでしまった。
恥ずかしくなるほど、かん高い奇声。だが、相手は、ツッコまず、黙っていてくれた。
いやはや、何ということか。
――もはや、「期待」などという、甘いものではない。探し求めてきた未来が、突然、目の前で実現しようとしている。
「――」
……いや、冷静に考えたなら、何らかの罠か、誘導尋問かもしれない。その可能性は、低いとは言えない。
(でもッ!)
その疑いが、安っぽく感じられた。
確かに、余りにも、うまくいき過ぎている。しかしそれは、自分が予測、考察、行動を、ここまで間違いなく積み上げ、貫いた証拠である――という見方も出来る。
今は、信じて、まっすぐ突き進みたい。紗良葉は、強くそう思った。
正直に、ありのままを返答する。
……むしろ、どもったり、言い間違えたりしないように、深呼吸を二回もしてから、その名前を、はっきりと告げる。
「宙端カヲルコ!」
すると、ドアの向こうの低い声に、陽気な笑いが混ざって、
「――お待ちしておりました。ようこそ、姫君!」
ガチャッ。
力強く、ドアの鍵の、あく音がした。




