031 デジタル廃墟
紺色のセーラー服。
スカートの裾と、ショートカットの黒髪が、屋上の風に、ふわりと舞う。
いつもの春菜だ。
――いや。
揺らいでいた。
ジジッ。ビビッ、ビビビーッ、ビッ。ジッ。
いつもの、ではなかった。
ノイズと共に、春菜の姿が一瞬だけ薄れたり、歪んだり。
胸がズキンとした。
この少女も、やはりデジタルの生成物にすぎなかったことを、示していた。
目の前に立つ「友達」に、紗良葉が答える。
「ごめん。ちょっと、旅に出ようと思って」
「帰っちゃうんだね、サリー」
と、春菜は目を伏せ、長いまつ毛を見せたあと、顔を上げた。
紗良葉は、口ごもり、
「帰るというか……」
行き先は、まだ手探りであり、明確ではないのだ。果たして、「帰る」と言い切って、いいものかどうか。
泳いだ視線を、春菜の大きな黒目が、まっすぐ受け止める。紗良葉のあいまいな受け答えを、責めることなく、誠実に話を進める。
「ここは、しょせん、ゲームの中だしね」
「そうなんだ?」
思わず、紗良葉が聞き返すと、春菜が「えっ」という表情を見せた。普通、自分が今、ゲーム中であることを、知らないプレイヤーはいないからだ。
ふざけていると誤解されたくはないので、あわてて付け足す。
「――あの……私、記憶があやふやで。自分がどこから来たのか、ここがどこか、分からない時もあるの」
少々、大げさに言い過ぎたかな、とも思った。だが、うそではない。
自分は人工冬眠をさせられ、恐らく、今、不完全な状態で、中途半端に覚醒している――ひとまず、この程度の推理は出来ているのだ。
ただ、あくまでも憶測にすぎず、確証はない。
それを聞いた春菜は、優しい表情に戻る。ジジジッ。その微笑が、また、一瞬、ノイズに揺れる。
「ここは、『ときめきッ 花降る ハートフル女学園』っていうタイトルの、オンラインゲームの中だよ。主人公は、名門女子校の生徒になって、平和な学園生活をひたすら送るの。日常系というか、一種の楽園ゲームだね」
「楽園かあ。確かに、平和だったなー。おしゃべりして、授業と、お昼休み。長い放課後。毎日、楽しかった」
率直な感想だったが、春菜は、少し暗めに、フフフッと笑う。苦笑に近かった。
「ありがと。……でも、あんまり人気は出なかったな。今じゃ、誰からも忘れ去られて、ネット上に打ち捨てられたゲームだったの。まさに、デジタル廃墟。サリーは、人間のプレイヤーとして、約二十年ぶりの来訪者だった」
驚くと同時に、紗良葉の頭に、ふと、素朴な疑問が浮かぶ。それを、口にする。
「二十年! そっ、そんなに。……えっ、というか――そもそも、今って、西暦何年なの?」
改めて考えてみれば、今まで、この質問自体を、思いつかなかったことが不思議だ。それだけ、ヴァーチャルな世界にどっぷり浸かっていた証拠であろう。
答えてくれないかも、とも思ったが。
春菜は、淡々とした、どこか事務的な口調で、
「ゲームをプレイ中は、現実の社会に関係する質問はタブーなんだけど、サリーはログアウトしたから、特別に教えるね。外の現実世界では、今日は、2056年12月6日です」
「えっ」
紗良葉が息をのんだ。




