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029 居心地ループ・糸口

 たい焼きは、カスタードを選んだ。

 受け取りながら、

「ありがとう。おごってもらっちゃって、いいの?」

 紗良葉(さらは)が聞く。これも毎回言っている気がするけれど、会話のルールとして、省略は出来まい。

「もちろんだよ」

 春菜(はるな)がうなずくのと、紗良葉の手のひらに、たい焼きの温もりが伝わってくるのとは、同時であった。

「……じゃあ、私は後で、缶コーヒーおごるから」

「あふぃがとう。あっつい、あふい」

 あんこのたい焼きに、頭からかぶりついて、ほおばりながら、春菜が答える。


 その時々によって、お礼に、カフェで、持ち帰りコーヒーをおごる場合もある。「お決まり」のイベントとはいえ、その程度の選択肢・分かれ道はあるのだ。


 このあとの雑談も、日によって、さまざまに内容は変わる。今回は、他クラスの生徒についてだ。

 女子校のため、出てくる名前は、女の子ばかり。肩を並べて歩く二人は、高い声を交わして、しばし盛り上がる。

「――あと、そういえばさ、B組の大河内(おおこうち)さんっているでしょ?」

 あんこが付いた指をなめつつ、春菜が話題を変える。

「吹奏楽部の人だっけ?」

 紗良葉は、既にたい焼きを食べ終わっており、やや冷めかけの缶コーヒーを、ひと口。

「そう、そう。サックスやってる子。この前、駅前の西校(にしこう)の軽音部と、共演したんだって」

「西校って、共学だよね?」

 紗良葉の問いに、春菜はうなずいて、

「そう、そう。一緒に演(や)ったロックバンドのギターが、超イケメンでさ。デキてるってウワサで」

「ふーん。あっ、けど、ちょっとヤバいんじゃない? うち、異性交友、禁止じゃなかったっけ?」

 紗良葉も、いわゆる「恋バナ」は嫌いではないが、そこまで興味津々というわけでもない。校則に絡めて返事をすると、おかしかったようで、春菜は、飲みかけのコーヒーを歩道にブッと吹いて、

「ハハッ、真面目だなー、サリーは」

 陽気な笑顔を見せた。

 犬の散歩中の老人と、すれ違う。


 やがて。

「じゃーねー」

「また明日」

 と、手を振り返す紗良葉。

 交差点で、二人は別々の道へ。

 そろそろ日没か。

 徐々に、街灯もつき始めている。そのうちの一本が、カーブミラーに反射している。隣に立つ「止まれ」の標識は、赤い逆三角形。

 紗良葉も、一人で家路についた時……。

「――」

 不意に、周囲が暗転する。舞台のように。

 紗良葉の意識も、薄れていき……


「……っ!」

 ……はっと、次、紗良葉が我に返った時には、朝の通学路を歩いていた。

 恐らくは、「その翌日」ということだろう。


(また、このパターンか)

 帰宅など、家庭的・プライベートな日常は、「省略」されることが多い。ごくたまに、自宅の部屋が出てくることもあるけれど、基本的には、学園生活の繰り返しだ。

 さすがに、少し飽きてきたけれど、「この世界」は平和で、居心地がいいので、なかなか、出て行く気にはなれない。今まで巡(めぐ)った「ファンタジー」や「戦国時代」なども悪くはなかったが、バトルが多いのが疲れる。


 歩く紗良葉。足もとから、スズメが二羽、チチッと飛び去る。

 セーラー服のスカートが、そよ風に揺れる。今日は、くもり空である。

 いつもの登校コース。団地の中を抜け、地元少年野球用の、草が伸びたグラウンドを回り込み、次に、郵便局と公衆電話の横を抜ける。その向こうに、学校がある。


(周囲の風景も、結構リアルだし、まともだよなあ。実は、本物の世界なのかな? 時々、記憶が途切れるのは、私が二重人格になってる、とか? それとも、パラレルワールド的なやつ?)

 その辺の真相については、何回も考察を重ねているのだが、いまだ、結論は出せていない。

 一体、ここはどこなのだろう……。


 昼休みには、学園の屋上にて、一人で過ごした。

 空は、今にも雨が降り出しそうである。そのためか、ほかに人は見当たらない。

 紗良葉は、スカート後部をお尻へ折り込んで、屋上のコンクリートに、あぐらをかく。

 曲げた膝(ひざ)、交差させた脚にかぶさったスカートが、へこんだ三角形になっている。そこへ、タブレット端末を置いて、イヤホンで音楽を聴いていた。


 音楽は、ストリーミングを利用している。

 AIが、紗良葉の聴いてきた音楽ジャンルを自動で集計し、好みを分析し、それに沿った歌や曲を選んで、おすすめしてくれる。

「ん? これ、何だろ?」

 アーティスト名が特に載っていない、地味な音楽ファイルが流れてきた。タイトルも、「ピアノ曲」とあるだけだ。

(アマチュアのミュージシャンとかかな? でも、そういうの、あなどれないんだよなー。たまーに、当たりが混ざってるからなー)

 左手の親指で、タブレット画面をタップしてみる。

 イヤホンを通して、曲が始まった。ピアノソロ。静かな演奏。奏法としては、クラシックよりジャズに近いか。

「えっ」

 思わず、唇から、驚きの声がもれる。知っている曲だったからだ。

 ブルッと全身に震えが走り、硬直した背筋が、ひとりでに、ピンと伸びた。

 幼少期から、体に染み付いたメロディー。――ゼルボク王国の国歌であった。

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