026 ゼルヴォールク・プロミス
枕もとの時計は、午前三時過ぎ。
深夜だが、柔曽は、部屋の明かりをつけて、コーヒーを淹れた。
診療所は、半分、休業・引退状態なのだ。別に、朝寝坊をしても支障はない。
何より、今の発見を、直ちに検証しておきたかった。
「一番最初、冬眠カプセルをあけた時に、あの場面が浮かんだ理由は、やはり――」
一人でつぶやいてから、マグカップに口をつける。
続きは心の中で、
(紗良葉さんの寝顔と、あの日のサリーちゃんの顔が、そっくりだったからだよな。長年、僕の中に残っていた記憶が、呼び覚まされたってことだ)
そのあと、柔曽は紗良葉を手術し、世話をした。
目覚めこそしなかったものの、紗良葉の息づかい、肌の手ざわり、気配、佇まいなどは、だいぶ覚えたと思う。そうやって、身近で、付きっきりで接したからこそ、改めて気付く点があった。
顔のつくりや、体格、全体的な雰囲気。紗良葉と、サリー。余りにも、共通点が多過ぎるのだ。
柔曽の母、カヲルコの名前を知っていたことも、確信を深めさせる。
「偶然にしちゃァ、ちと、出来過ぎてるワなア……」
また、コーヒーをひと口。苦みと熱さ。
もうひと口。
これが、果たして、何を意味するか。
謎だらけとはいえ、一つの仮説は成り立つ。
すなわち、それは――
「ええと、どこにしまったっけ?」
部屋の片隅を、探す。かつて、ゲーマーだった頃に、記録しておいたノート類だ。
何しろ、当時は十代、二十代であり、相当な昔である。関係する資料、思い出の品々は、ほとんど処分してしまった。
一時期、ゲーム依存症になりかけたこともあり、必ずしも、ゲーマー時代は楽しい思い出とは言えない。そのせいもある。
「おッ、こいつかァ?」
押し入れから、古ぼけた手帳、チラシ、フライヤーの紙束を見つけた。昔ハマった、ゲームのメモ、記念品である。
同時に、パソコンも立ち上げて、過去のファイルを開いてみる。
(うーンと、パーティーを結成して、騎馬でドラゴンと戦うゲーム……。僕は、冒険の途中でペガサスを手に入れて……。サリーちゃんは、光の弓矢を使える魔法少女で――)
条件に当てはまりそうなゲームを、検索して、絞り込んでゆく。
やがて。
「……見つけたッ! そうだそうだ、『ゼルヴォールク・プロミス』だ! 思い出したぜェ。懐かしいな」
「ゼルヴォールク・プロミス」。
これは、ゲームのタイトルである。
柔曽が、その場でネット検索もしつつ、情報を統合すると、リリースされたのは2021年。それから、十年程度、インターネットで公開されていた。
人気のピークは、2025年。
(これを僕がやってたのも、この、利用者がピークの頃だったはず。ってことは、十九歳ぐらいの頃かァ)
三十年も前である。忘れていても、無理はない。
ヨーロッパの中世をイメージした、ファンタジー・バトルゲームであった。
「――」
柔曽は考察する。
(東日本大震災が、2011年。で、『ゼルヴォールク・プロミス』で僕がサリーちゃんに出会ったのは、2025年頃。一応、前後関係の辻褄は合ってる……)
つまり、端的に言えば。
「紗良葉さんの『意識』は、震災で消失したわけではなかったんだ。恐らく、インターネットの世界へ、移ったんだ!」
福島県の郡星研究所が、海底へ沈んた時。
サーバーに収納されていた意識が、何らかの事故でネット接続し、そちらへ流れ込んだのではないか。
自分の発見に興奮し、柔曽のパジャマの両足が、ガタガタ震え出す。
立っていられなくなり、ひっくり返るように、ソファーへ座り込む。ドシンと響いた振動で、テーブルや本棚が揺れた。
「落ち着け。落ち着こうや、僕」
自らへ、ゆっくり言い聞かせながら、
(状況を、整理しよう)
そもそもの始まりから、順番に振り返ってみる。
当初、カヲルコの手によって、紗良葉の脳波、意識が電子化され、サーバーに入れられたのは、2005年。
(2005年から2011年といえば、ちょうど、ネット空間が飛躍的に拡張され、通信容量、通信速度が向上した時期だよなァ。かつては、データの大量保存のためには、物理的に、膨大なディスクやサーバーが必要だったけれど、それも、クラウドとしてネット上に置いておけるようになった)
電子化された、紗良葉の意識。
2005年時点では、研究所のサーバーに保存するしかなかったが、東日本大震災の時には、インターネットに移行させることも、技術的には可能になっていた。
もし……。
それが、偶発的に起きたのだとすれば――。




