021 嵐が過ぎて・・・尊厳――おトイレタイム
かくて、外科医であり、生体工学の科学者でもある柔曽は、一つの仕事をやり遂げた。
いや、「一つの仕事」どころか。
――人生最後の集大成、総仕上げと言っても過言ではなかった。
「五十歳になったら、コールドスリープ中のお姫様が届くので、治療せよ」。
これは、生まれる前から、母によって決定されていた使命だった。その作業を、ようやく、終えたのだから。肩の荷が下りた。
手術後の紗良葉を、柔曽は見下ろす。
姫は、目を閉じ、青い水着姿で眠っている。
少女の左腕と左脚は、銀色だ。柔曽が新たに付けた、合金の義手・義足である。
「見た目は、大もとの肉体を、そのまま銀色に塗っただけ」と称するのは、褒め過ぎだ。そこまで上出来とは、言えぬ。
継ぎ目にはソケット、関節部分にはギアやジョイントが見える。手の指、足の指も、きゃしゃで精巧ではあるが、メカ特有の固さ、冷たさが目立つ。
しかし、柔軟性のある素材を合金に混ぜ込み、たとえ長そでや長ズボンを着用しても、衣服を傷めにくくした。
また、何度も磨いて、外形を整え、女性的な曲線美は極力再現した。
「――」
母・カヲルコのコールドスリープは失敗し、一部がミイラ化。分離させた「意識」も、震災で消失。
抜け殻同然の紗良葉を、どうにか、ここまでは治療した。目覚めることはないにせよ、やれるだけのことはやったと思う。
若い頃から、柔曽が習得した医療も、生体工学も、言ってみれば、紗良葉のために積み上げてきた技術である。たとえ、紗良葉に復活の見込みがなくとも、最後に、惜しげもなくその技術を使うのが、けじめではないのか。
具体的な手段も、ちゃんとある。
かつて、重傷を負ったマリモに、義足を付けたように。
同様のことを、紗良葉にもやればいい。それだけの話だ。
まさに、マリモが気づかせてくれた。
そして、自分なりに、やり遂げたのだ。
今、柔曽が立っている場所は、中央手術室。
眼前に、母・カヲルコが作った、人工冬眠カプセルがある。柔曽によって改造され、内側のベッドは広めになった。
そこに、紗良葉が横たわっている。相変わらず、目は一度も開くことなく、無言で眠ったままだ。顔や、体の数か所には、以前と同じく、生命維持の装置が付いている。
だが――。
見下ろす柔曽の前で、突然、紗良葉は、銀色の左腕を動かす。
同時に、寝た姿勢のまま、左の脚も、少し曲げる。
(おっ、ちょうど、おトイレタイムか)
マナーとして、ちょっと目をそらしつつも、ジロジロ見ない程度に観察する。まさに、仕事の成果を確かめたいからだ。
眠った状態で、紗良葉の左手が、青いビキニのボトムスを、太ももまで下げた。
すると――。
ウィーン……
冬眠カプセルの内側から、カテーテルが伸びてきて、紗良葉の股間へ差し込まれる。尿を吸い取るために。
紗良葉の肉体に排泄が近づくと、尿意などを、人工冬眠カプセル内の装置が読み取る。これは、今までと同じである。
違うのは、紗良葉の脳に、AIがつながれた点だ。
尿意は、そのAIへと伝達される。
AIは、紗良葉の大脳の運動野に刺激を与え、それが神経を伝わって、紗良葉の義手と義足へ命令を出す。こうして、紗良葉は、意識はないままに、水着を脱いだり着たりする。
すなわち、装置の補助があれば、自ら脱衣して、排泄が出来るようになったというわけである。
人としての自主性、尊厳を一つ、守れるようになったのだ。




