019 紗良葉Surgery −1
神奈川県、宙端診療所、中央手術室――。
「せーの……。よッ!」
柔曽は、眠る紗良葉の体を抱えて、「冬眠カプセル」の外へ出す。白い肌、一部紫色の裸身。
(やけに軽いなァ……)
恐らく、ミイラ化が進行しているためだ。体の一部が変色し、乾燥して、しなびてしまっている。その分、体重も激減しているわけだ。
紗良葉の正常な右脚は、柔曽の腕の中で、膝から曲がって、ふくらはぎ、かかとが、だらりと垂れた。
一方、ゴボウのように干からびた左脚は、ピンと伸びたまま。細い鉄パイプのようだ。足も、原形をとどめておらず、親指のでっぱりだけが、かろうじて分かるのみ。
紫色の皮膚……。
(改めて、そばで見ると、なんとも、いやはや……)
柔曽は視線をそらす。
紗良葉の頭の辺りを見つつ、そっと、手術台に寝かせた。
西暦2056年。季節は、秋の終わり。
福島県沖の海底を視察してから、およそ一か月半が過ぎた。
検討と、準備を重ねた一か月半であった。
本日は、紗良葉にとっても、柔曽にとっても、大切な節目となることだろう。
紗良葉の豊かな金髪は、丸く束ねて、やわらかな帽子に収める。サージカルキャップ。ふわふわしている。
口には、医療マスクを装着する。今までの酸素マスクと、一時的に取り換える。サイズは大きめだ。
マスクを付け替えたら、手術台の周囲が手狭になり、
「オウ、意外と、場所、取るねえ」
腕を伸ばす柔曽。絡まりそうな太いチューブを、丁寧にほどいて、手術台の横へ垂らした。
紗良葉のマスクからは、別々のチューブが二本伸びており、麻酔マスクと酸素マスクとを兼ねている。
冬眠中で、自発呼吸が弱い紗良葉には、もともと、補助の酸素が必要。
加えて、今回は一応、ガス吸入で全身麻酔もかけるわけだ。
(自我、意識は分離して、しかも、全て消えた。だから、麻酔は必要ないかもしれんが、まあ、念のためナ。臓器としての脳は残ってる以上、根源的・本能的な痛覚が、機能するかもしれないし)
マスクといえば、柔曽も着けている。
こちらは、サージカルマスクである。緑色。
手術着――帽子、手袋、ガウンも、緑に統一されている。
今から、大がかりな外科手術を敢行する。柔曽の外科医としてのキャリアの中で、恐らく、最大規模のものだ。
紗良葉の首から下、胸の周囲までは、ドレープと呼ばれる緑色の布を巻き付け、隠す。この辺りには、ミイラ化が及んでいないためだ。
乳房など、プライベートゾーンをなるべく保護し、女性としての尊厳を守る意味もある。
一方の、脚の付け根や臀部は、ミイラ化の病変部位、患部が近くまで迫っているので、隠せない。
やむを得ないこととはいえ、生殖器の辺りには、タオルと滅菌シートを載せて、少なくとも、秘部の丸出しは避ける。
(さァて、始めようか。一気に行くぞ)
柔曽は、ごつい医療器具を、両腕で持ち上げる。形は、ピストルというか、自動小銃に似ている。
「よッこらしょッ……と」
これは、手術用の電動ノコギリだ。柔曽の腕は筋肉で太いが、それでも、やや重く感じる。
リレーのバトンは、
(――今、確かに受け取ったぜ、母ちゃん!)
スイッチを入れると、先端の、細い棒状の刃が、細かく振動する。音は、静かめだ。人体を傷つけ過ぎないように、繊細、精密な動作をするのだ。
とはいえ、ためらわず、初回は大胆にやらねば、かえって危険である。外科医として、長年の経験が物を言う。
おへその近くに狙いを定め、
「御免、いっときの御無礼を、姫君、いやさ、紗良葉さん!」
ズブッ。グサリ。
紗良葉の左わき腹へ、柔曽が、ノコギリを突き立てる。
ミイラ化し、紫に変色した部分の、境目である。
容赦なく、
ビビビッ、ビビビビッ!
柔曽の首や腕に、液体がぶつかってくる。
まるで、水たまりに突っ込む車のタイヤの激しさで。
――出血であった。
紗良葉の裂かれたわき腹から、赤い血が噴き出して、飛んできたのだ。




