018 出すことも生命活動
どうやら、紗良葉の体から、排尿が始まったらしい。
(ゲッ、冬眠中でも、おしっこは、するのか?)
柔曽は動揺する。
見れば、装置が作動し、いつの間にか、人工冬眠カプセルの下方から、カテーテルが伸びてきていた。
カテーテルは、紗良葉の股ぐらの、前貼りの手前で停止しているではないか。
(あっ、そうかァ! 僕が着せた前貼りが邪魔なのか。なるほどな)
ようやく気づいた。今のブザーも、それが原因であろう。
良かれと思って、前貼りを着せたのに、かえって、システムエラーを誘発していたのだった。
「よっ……と!」
あわてて、柔曽は、紗良葉の股間へ手を伸ばし、ひもをほどいて、濡れた前貼りを外す。ポタポタと、数滴、液体が垂れる。漏らした尿であろうか。
前貼りが取り外されるのを待っていたかのように、カテーテルが前進を再開した。まるで、ヘビのようだ。
ウィーンッ……
先端が、紗良葉の、脚の付け根へと伸び、尿道の入り口へ差し込まれる。
プスッ。チュー。ジュジューッ。
尿の吸い出しが始まる。
同時に――。
(おっ、大便も、か……)
別の場所からもアームが伸びてきて、紗良葉の尻の下へ、座布団のように挟み込まれた。
アームの先には、チューブと皿のような物が付いている。腸から、便を回収するためだろう。
排泄姿を眺めているわけにもいかず、目をそらした柔曽は、タイミングを見て、冬眠カプセルの電動のフタを、元通りに閉める。
「なるほどなア。そういう仕組みか……。低体温、低代謝に保ちつつ、定期的に栄養を送り込み、排泄もさせるわけか」
手に持った、湿った前貼りを、近くのテーブルに置く。手を洗う。
乳房を隠すブラジャーはいいとしても、秘部を隠す前貼りは、余計だった。柔曽の自己満足だったわけである。
(どこかで僕は、紗良葉さんの体を、鑑賞用の人形みたいに思ってたんだろう)
柔曽は反省する。
今度は声に出し、
「――だが、違う。たとえ脳波や意識は消滅しようとも、肉体は、それ単独でも生存してるんだ。それを忘れちゃア、いかんワなあ」
生命への敬意を、欠いていた。スキンヘッドのこめかみを、自ら、右拳で軽く小突いた。
とりあえず、柔曽は、中央手術室をあとにする。
一人、廊下へ出た。
「フーっ」
長めの、重いため息。
排泄場面によって、紗良葉が現時点でも生きていることを実感させられた。そのためだろう、安楽死の件は、一旦、柔曽の頭からは離れた。
ただ、
(とは言ったものの、ほかに何か、有効な手段があるわけでもないしなア。いっときの感情に流されてるだけっちゃ、その通りだしナ。根本的な解決には、なってねえやな。さァて……どうしたものか)
なかば呆然とドアを開け、ふらりと入ったリビング。
床に、乾いた茶葉のような物が点々と落ちているのが目に入って、
「んーッ、なんじゃア?」
戸惑ったのは一瞬だけで、すぐ、正体が分かる。
(ああ、マリモちゃんの花か!)
視線を上げて、窓際を見やる。
数日前、マリモが持ってきてくれた花束。それを生けた花びん。ガラスがオレンジ色の光に染まっている。夕焼けだ。
「――」
半数以上の花、葉っぱは、しなびて、枯れて、窓からの風で、床へと散らばっていたのだ。
(そういや、水も替えてなかったしナあ)
しかし、花びんの中で直立し、まだしっかりと残って、咲いている花もあった。
――
「マツヨイグサっていうの。交差点の分離帯に生えてるんだ。さっき、取ってきたの」
……
一生懸命、花の解説をしてくれたマリモ。あの顔と声とを、思い出す。
不意に、
「そうだッ!」
柔曽は、ひらめいた。
「――まだ、僕にも出来ることが、あるじゃネエか!」
紗良葉の意識を保存したサーバーは、海に沈んだ。当然、復元は不可能。
だが、柔曽の立場として、やるべき作業は残っている。
たとえ、元通りにはならなくても、倫理ある人間として、肉体や命に対する敬意を示す。
決して、それは無駄なことではあるまい。




