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017 尊厳死させるという選択

 福島県への視察を終え、神奈川の外れにある自宅・兼・診療所へ戻った柔曽(じゅうぞ)。

 立ったまま、一人、考えあぐねていた。もちろん、紗良葉(さらは)のことだ。


(取り出した意識は、サーバーもろとも、海へ沈んで、消えてしまった。ということは、残ったのは、抜け殻の肉体だけだよなア。事実上、いわゆる脳死状態に近いわけだろ。しかも、肉体の一部は、ミイラ化が進行してしまってる――八方塞がりじゃねェか。もう、どうしようもねえ……)


 こうなってくると、頭をよぎるのは、

(――もはや、安楽死させるのが、最も現実的で、人道的な処置なんじゃねエのか?)

 ということである。


 診療所内の、中央手術室。

 柔曽が、人工冬眠カプセルを見下ろしている。フタは開いた状態だ。


 カプセル内側のベッドに、裸の紗良葉が横たわっている。目を閉じ、深い眠り。かすかな呼吸と弱い脈拍を、傍(かたわ)らのバイタルサインモニターが、表示し続けていた。

 上半身は、均整が取れて、白い肌が美しい、ほれぼれする裸体である。

 だが、左のわき腹、左腕の先、左脚全体は、ねじれ、縮み、干からび、紫色に変色している。


「とりあえず、服、着るかィ。お気に召すかは、分からねェけどよ、お姫様――もとい、紗良葉さん」

 無言の紗良葉に呼びかけたあと、柔曽は、小さな布と、ひもが付いた小物を、紗良葉の股間に載せ、あてがう。「前貼(まえは)り」と呼ばれる品だ。色は青。

 紗良葉の陰毛や、性器を隠すためだ。

 左脚が、つけ根からミイラ化しているため、パンツは履(は)かせられない。ミイラ化した部分を避けて、恥骨に添わせて、ひもを巻きつける。


 乳房の上には、青いブラジャーをかぶせた。乳房の辺りはミイラ化していないから、普通の形のブラで大丈夫だ。

 もっとも、前貼りもブラも、皮膚を保護する医療用の特殊素材だが。

 色を上下とも青にしたのは、紗良葉は青い服を好んだことを、昔、生前のカヲルコから聞いていたためである。


(秘所と乳房が隠れて、これで一応、尊厳は守られたかな)

 もはや助かる見込みのない、中味なしの抜け殻だとしても、全裸で放置するのは、やはり、気が引ける。たとえ、自己満足だとしても……。

 ちょっとホッとして、

「フー」

 柔曽は天井へ息を吹いて、あお向けの紗良葉を眺める。

 顔の酸素マスクを始め、全身の数か所に、生命維持の装置が取り付けられている。もともと、人工冬眠のために装着されていた機械類だ。これらを外さない限り、当面、肉体だけは生き続けるであろう。


(逆に言やァ、これらを止めちまえば、この子は死ぬ。即死はしないかもしれんが、急速に弱るだろうナ。意識は戻らないんだし、体もミイラ化でガタガタだ。長くは生きられまい。そして――この場で密かに死なせても、多分、誰にもバレない……)

 人知れず、五十年間も眠っていた、異国の女の子。王女とはいえ、知名度もない。

(こっそり闇に葬っても、誰も気づかないはずだ。世の中から、とっくにこの姫は忘れ去られ、記録も抹消されていると見ていい。戸籍とかもないだろう。捜索願いも、恐らく出てない。その辺は大丈夫だろう……)


 柔曽は、医師免許を取る前、若い頃は、ミュージシャンを目指したり、ゲーマーになったりして、随分、遠回りをした。その事情も影響し、医者としてはアウトローな立ち位置だ。

 かつては、裏社会とのかかわりもあった。普通の病院では受け付けない・あるいは、たとえ受け付けても警察へ通報される――そういう手術も内密に引き受けてきた。

 つまり、ヤバい橋を渡る度胸なら、持っているわけだ。


 手術室に佇(たたず)む柔曽は、もう一度、天井を仰(あお)ぎ、

(――あとは、いつ、その決断を下すか、だワな。安楽死、尊厳死……)


 ビーッ、ビビーッ!


 柔曽の思考を邪魔するかのように、突如、冬眠カプセルのブザーが鳴り響く。

「何ッ?」

 我に返って、下を見れば――

「ヌあっ!」

 紗良葉の股間に当てた前貼りに、何と、しみが浮き始めていた。

 内側から、おしっこがジワッとにじみ出ている感じだ。

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