015 福島県沖上空
二日後――。
柔曽は早速、福島県へ飛んだ。
一人乗りの、小型ジェット機をチャーターしたのだ。
民間の航空会社。ドイツの外資系企業、R−Jet・M――アールジェットエム/ラドスト・ジェット・マネジメント社――である。
一日のチャーター料は、大手企業の、中堅社員の年収に匹敵する。
医師・科学者として財産を持つ柔曽にとり、一応、苦にはならぬ金額ではある。が、決して、安い買物ではない。
今回は、実際に現場を見て、状況を確認しておきたかった。
大柄で筋肉質の柔曽が乗っていると、その姿はまるで、本物の軍人パイロットのようだが、無論、実態は違う。柔曽は、単なる客だ。
ジェット機はAIによる自動操縦で、柔曽は、ただコックピットに座っているだけでよい。
頭をすっぽり覆う、分厚いヘルメットを、柔曽は装着していた。重力加速度から頭部をガードし、酸素マスクも完備している。緑の字で、「R−Jet・M」のロゴが入っている。
これは、いわゆる航空ヘルメットと呼ばれる物。
耳と口の位置には通信機も付いており、AIが話しかけてくる。若い男性を模した音声。
「柔曽様、まもなく、福島市上空に到着です」
「了解。いい眺めだ。きれいな景色だよなア。発電エリアと、研究都市と……」
前と横の窓越しに、福島市のビル街が見渡せた。
街の一角には、薄汚れたエリアも広がっているが、これは全国どこでも同じ光景。貧民街とまでは言わないが、所得の低い人々が暮らす。
もっとも、その中心には、市町村ごとに子育て施設「コダカランド」が設置され、貧しいながらも誠実な次世代育成が行われている。
日本国が超少子高齢社会であったのも、今や、昔の話。人口は、若年層が増えつつあった。
格差社会には違いない。
だが、総合的には、令和初期よりも、バランスの取れた社会になった気がする。全国的に、治安も悪くはないのだ。
R−Jet・M社のAIが、さらに話しかけてくる。
「柔曽様は、小型ジェット機に乗り慣れていらっしゃるご様子ですね」
今度は、本題とは無関係の雑談のようだ。柔曽が、それに付き合う。
「若え頃、一時期、オンラインゲームばかりやってたからなア」
「ゲーマーだったんですね」
「オウよ。空軍のパイロット役になって、戦闘ゲームも随分やった。空中戦だナ。ヴァーチャルだけど、すごくリアルだから、それで慣れたんだろォよ」
それは本当だった。
実際、十代、二十代の頃、柔曽は、ゲーム依存症の一歩手前であった。現実世界よりも、ゲームの仮想空間の方が、生活の中心だったと言っていい。やがて、何とか克服はしたけれど。
ゲームに没頭した理由は、亡き母・カヲルコに対する反抗心でもあった。「紗良葉を救うために優秀になれ」――その決め付けが、青年期には重荷であり、不満だったのだ。
ジェット機は、福島県の端、海岸沿いに差しかかる。浜通り上空だ。
漁港エリアであり、観光地であり、エネルギーやロボット開発の一大拠点でもある。
ジェット機は曲がり、海岸線をはみ出る航路で、斜めに、海の方へずれて飛ぶ。
波おだやかな海面が、午前の日差しを照り返している。
相馬港付近にて、ジェット機は空中停止。
AIが、淡々と告げる……。
「到着いたしました。こちらが、かつて蓼ノ磐島があった海域です」
「ん。ありがとよ。じゃあ、潜ってくれィ……」
依頼する柔曽の声も、さっきゲームの話をしていた時に比べると、抑揚がない。
「かしこまりました。柔曽様、ただいまより急降下しますので、心のご準備を」
「分かった」
柔曽はうなずく。
三秒後、柔曽を乗せた小型ジェット機は、着陸するかのように、そのままの姿勢で降下する。
つまり、機体の底を下方へ向けたままで、垂直に高度を落とす。
「ヌおウっ」
下りのジェットコースターに似た、腹がキュッと冷えて、こわばる感覚。少し怖いし、不快ではある。柔曽は、小さく悲鳴を発した。
「潜水艦モード、起動!」
と、AIが知らせる。
降下しながら、ジェット機は瞬時に変形する。
――ガシャッ、シュウィーンッ、ドシッ!
亀の足みたいに、翼が機体へ引っ込み、前方が扇状に展開する。
一方、機体のお尻の側もスライドし、スクリューが現れた。見た目は、巨大な風車だ。
まさに、ジェット機は、空中で潜水艦に早変わりしたのである。




