014 母親から息子へ
冬眠カプセルから回収した薄型ケースは、耐衝撃の構造のようだ。
両手で持ち上げ、継ぎ目の段差に、つめを立てる。
「よっ」
開閉はスライド式で、容易にあけることができた。
中の封筒は軽い。封を切ると、四つ折りの紙が一枚。
(もしや……例の暗号か?)
広げたら、何やら、複雑な記号の羅列が、一面に細かく印字されていた。
予想が当たり、
「やっぱりな……」
柔曽は、苦笑を浮かべかけたものの、顔は恐らく、笑えてはいなかっただろう。
今見た、ミイラ化した紗良葉の姿がショックで、とても、笑顔は作れそうにないからだ。
ただ、この記号の羅列には、とても見覚えがあった。亡き母・カヲルコが、ひそかに使っていた高度な「暗号」だからだ。
部外者には、解読されにくい。特殊なスキャナーを通して、読み取る仕組みである。無論、息子の柔曽は、それを所持していた。
「――」
柔曽は、紙を、専用のスキャナーへ読み込ませる。母親の遺品の中にあったものだ。
数秒後、暗号化は解除、普通の文章へと変換されて、パソコン画面に映し出された。日本語の活字。
やはり、母からの手紙であった。
柔曽は読み始める。
柔曽へ
まずは、お誕生日おめでとう。予定どおりなら、本日は西暦2056年9月19日のはずですね。柔曽も50歳。お元気ですか。
今、これを書いている私は20代後半ですから、何だか不思議な感じです。
もはや、あなたの方が、人生の苦さやすっぱさを、私よりもたくさん知っていることでしょうね。
紗良葉さんは、無事にそちらへ送り届けられたでしょうか。
私の持てる技術力を全て使って、コールドスリープを施しました。少なくとも、肉体は、何ごともなく状態が保たれているものと信じます。
本来のお立場とお名前は、ゼルボク王国の王女、サラーハ・ミネヴァ・セネオクーペ様です。王国自体は1999年に消滅しましたが、正式な皇位継承者でした。
日本名として、紗良葉と名付けました。柔曽も、基本的には、そう呼んであげてください。
さて。
以下は、紗良葉さんを目覚めさせる手順についての説明です。
紗良葉さんの自我、いわゆる「意識」については、肉体からは分離させ、別の方法で、別の場所に保存してあります。
場所は、福島県の、蓼ノ磐島にある、郡星研究所です。
この施設に、私がひそかに買い取った地下室サーバーがあります。
紗良葉さんの脳波、意識を全て電気信号に変えて、デジタルデータとして、そのサーバーに保存してあるのです。
それを解凍して、紗良葉さんの肉体と同期させてください。そのための電極と回路は、紗良葉さんの脳内へ、既に埋め込み済みです。
詳しくは、郡星研究所へ行けば分かります。
訪問して、地下室の入り口でパスワードを入力してください。パスワードは、人工冬眠カプセルのものと同一です。
私の寿命は、もう、長くはないでしょう。
第二次欧州騒乱で、紗良葉さんを連れてゼルボク王国を脱出した際に、私は背中に銃弾を受けてしまいました。それが、深刻な古傷となって残っているからです。
紗良葉さんの目覚めも、そして難病の治療も、柔曽に託します。
どうか、紗良葉さんに、普通の女の子としての、人生の再スタートを切らせてあげてください。
あなたなら成し遂げてくれる。そう信じています。
2005年10月28日 宙端カヲルコ
――
以上で、手紙は終わっていた。
手紙の終盤に書かれたカヲルコの死期に関しては、残念ながら、予言は的中してしまい、2010年にカヲルコは死去した。
ただ、手紙を読んだ柔曽には、それ以上に衝撃的な事実があった。
紗良葉の意識を電子化してサーバー保存した、その発想は、素晴らしいと思う。柔曽も、今、知った。全くの予想外であった。
しかし、問題は、場所であった。
「ぐウっ……! なんてこった! よっ、よりによって、たっ、蓼ノ磐島とは……」
柔曽はうめいた。首を振って、歯ぎしりとともに、頭を抱える。
紗良葉のミイラ化に続き、またしても、悪い知らせだったからだ。




