013 首から下
ウイィーンッ……
機械音と共に、まずは、紗良葉の顔の上の、透明部分のフタが、上へスライドして、引っ込んだ。
やはり、「冬眠カプセル」を覆うフタは、透明と半透明の境目が、そのまま、フタ自体の継ぎ目にもなっていた。
次に、紗良葉の首から下、足先までの長いフタが、ゆっくり開いてゆく。半透明の部分だ。
大きな卵型の、半球状のフタ。ゆるやかに、中央が曲線に盛り上がっている。
それが、下へスライドしていく。こちらも、開く速度はゆっくりだ。
近くに立って、柔曽が見下ろす。
女の子の大事な局部が露出した時に、すぐシートを掛けてあげようと、柔曽は、両手で布を持って、身構える。
ウィイイッ、ウィーンッ……
ずれるフタから、紗良葉の体が、順番に現れていく。
白人であり、雪のような肌だ。
細い首、なだらかな肩、鎖骨、それから、バストの谷間、ふくらんだ胸……
「おっと」
二つ並んだ乳房の先っぽをしっかり見てしまったけれど、思わず視線をそらし、柔曽がシートをかぶせようとした、その次の瞬間であった。
「うわアァァ!」
柔曽は絶叫していた。
叫びは、喉から勝手にもれて、ほとばしり、手術室の壁と天井に、ワーンと反響した。
腹の奥、胃から、吐き気さえ、込み上げてきた。
「グエッ! おええっ! ゲボッ! ゴホォッ!」
広げた布を、ボトリと、床に落とす。
よく、小便をちびらなかったと思う。
それほどまでに、信じがたい、衝撃的な光景を、いきなり見てしまった。
フタがスライドしていき、横たわる紗良葉の、下半身の方が見えたのだが――。
紗良葉の左腕。
何と、ひじから先は、黒ずんだ紫色であった。干からびて、ねじれており、手もしわくちゃに変形していた。
左腕だけではない。
その周辺、左の脇腹も、紫色で、しわしわに乾燥しており、大きくえぐれていた。皮膚も、でこぼこだらけである。
どうにか、へそは無事だったが、左脚も、ひどいことになっていた。
野菜の「ゴボウ」と言ったらオーバーだけれど、その例えでも、あながち間違ってはいない。何せ、太ももから下が、すっかり縮んでおり、しなびて、原形をとどめていないのだから。
左脚の全体が、やせ細って、グニャグニャにねじれている。針金を、力まかせに色んな向きへ曲げたら、こういう形になるだろう。
不快さ、気持ち悪さと恐怖で、柔曽の首まわりがゾワッと粟立ち、体毛も逆立った。腕も、鳥肌でブツブツだ。
「なっ、なんてこった。嘘だろ。ミッ、ミイラ化してやがる……。ひでエなァ、こりゃ。――失敗だ。人工冬眠は失敗だよ、母ちゃん……」
悪夢にうなされたような、自分でもゾッとする、暗い声が出た。
少しでも冷静になりたくて、独り言を言い続けようとしたが、歯がカチカチと鳴り始めたので、無理だった。
「――」
まさしく、今のつぶやきの通りであった。
ミイラ化……。
カヲルコが研究開発したコールドスリープ技術は、残念ながら、未完成であり、不完全なものであったわけである。
少女の肉体は、五十年という歳月に、耐えることが出来なかった。
紗良葉の体は、下半身の左側面が、異常に乾燥し、変形・変色してしまっている。左手は、位置が近いために、巻き込まれたのであろう。
両脚の付け根、陰毛の外周も、ミイラ化に侵食され、脱毛状態であった。ただ、その中央の、
(外尿道口は無事かな。排泄器官と、生殖器は、何とか大丈夫そうだ、な……)
柔曽は、自分が落ち着くためと、紗良葉の尊厳のために、目視でざっと診察をするにとどめ、とりあえず、半透明のフタを閉め直した。
紗良葉の体には、生命維持のためのチューブや装置が、数か所に取り付けられている。機械の設定をいじらなければ、ひとまず、現況は保てるのだ。
続いて、顔をかぶせるフタも、閉めようとした時、紗良葉の枕もとに、小さな薄型ケースが挟まっていることに気づく。
ケースは透明で、中には封筒が入っていた。
(何だァ? 母ちゃんからの手紙か?)
ケースを拾い上げてから、柔曽は、顔部分のフタも、元通りに閉めた。




