012 五十年間も寝かせた意識を、どう戻すのか
ただ、念のため、柔曽は、母・カヲルコが残したノートを読み返し、
(えーと、冬眠カプセル自体は、最初にあけちゃって、大丈夫だったよナ?)
と、確認した。
それを示す記述を見つけ、
「――うん、よォし、平気だ」
手術室で、一人つぶやき、うなずく柔曽。
五十年の長きにわたって、低代謝の「冬眠」状態に置かれた紗良葉。
これは、紗良葉の難病を治すために、出来るだけ文明の進んだ遠い未来へ送った――実を言えば、そういうわけではないのだ。
もともと、五十年という年月が必要だった。やむを得なかった。それだけの話なのである。
紗良葉の体に負担を掛けないため、ゆっくり冬眠させ、さらに、ゆっくり目覚めさせる方針にしたのだ。
すなわち、二十五年かけ、体温・心拍・呼吸を徐々にレベルダウンさせて、次の二十五年で、それらを戻してゆく。簡単に説明すれば、こういう原理である。
ただし、この方式については、一点、柔曽には疑問があった。
(肉体の保存という意味では、それでいいだろオけどよ、問題は『意識』だよなァ。五十年も眠った人間が、その後、意識を回復させることが出来るとは、とても思えねェんだけどなア……)
過去には、三十年近く昏睡状態にあった人物が、その後、目覚めて、奇跡的に意識・記憶を取り戻したという報告もある。だが、これは例外中の例外であり、通常は数年間が限度とされる。
(一体、母ちゃんは、どういった原理で、お姫様の意識を五十年間も、もたせるつもりだったんだ?)
悲しいことだが、カヲルコは、柔曽が四歳の頃に亡くなった。
一方、柔曽にこの疑問が浮かんだのは、それよりずっと後、科学者になってから。ゆえに、この疑問への答えは、いまだに謎のままであった。
もっとも、希望もある。
紗良葉が罹患している病気、「子宮・心筋難結」は、五十年前は治療法なしの難病であったが、現代では、手術をすれば対応が可能になっていること。
(子宮・心筋難結なら、僕もいくつかの症例を手術して、成功させてきたからなア。この点は、まあ大丈夫だろう)
紗良葉のカルテも、カヲルコから引き継いでいる。それを見る限りでは、多くとも三回の手術で済みそうだ。
この病気は、子宮と心臓の裏側が、糸状の腫瘍でつながってしまう、女性特有の病気である。
主に、内戦や紛争下での、化学兵器等による急激な環境汚染が原因とされ、この点は紗良葉にも当てはまる。
(じゃ、そろそろ、フタを取るか。たしか、お姫様は体に何も着けてなくて、素っ裸なんだよなア。すぐ、隠してあげないとな)
柔曽は、手術用の青いシートを、そばに用意する。患者にかぶせて、手術部位以外を隠し、羞恥心、プライバシーに配慮する道具だ。
続いて、「冬眠カプセル」に暗証番号を入力し、レバーを引いた。




