22 婚約式 九
ほんの少し前まですごく寒かったのに、今はなぜだか暖かい。
そしていつからいたのか、私の肩には可愛らしいコウモリが。
とても人懐こい子で私の首筋に擦り寄ってくる。
「ふふ、可愛い子ね。どこから来たの?もしかして帰る場所が分からなくなったのかしら?」
優しく頭を撫ぜると身を任せてくる。一人だと不安だけどこの小さな子が一緒にいるだけでも心強い。
「それにしても・・ここは何処かしら?私さっきまで縛られてたよね?」
独り言を言いながら真っ直ぐ伸びる道を前に進む。どれくらい歩いたのかそろそろ休みたいなぁと思った時、目の前に東屋が見えた。
私はコウモリを肩に乗せたまま東屋へと足を進める。と、誰かがその場でお茶を飲んでいる。
私は行こうか躊躇していると女性が私に気付き振り向いた。
「えっ・・お母様・・?」
亡くなった母が私の目の前に現れたのだった。
「お母様・・もしかして私をお迎えにいらしたの?私、死んじゃったの?」
お母様に会えて嬉しいけどそれ以上に死んでしまった事が悲しかった。
そんな私にお母様は微笑みながら席を立ち上がると私を優しく抱きしめるために側へと来てくれた。
抱きしめられたお母様はやはりこの世の人では無いのだろう・・とても、とても冷たかった。
それがまた悲しくて私はお母様の胸で涙を流した。
「落ち着いた?」
「はい・・すみません泣いてしまって」
思い切り泣いたあとお母様は東屋へと私を誘導すると、自分でお茶を淹れてくれたあとこう言った。
「このお茶はこの世との縁を切る飲みものです。これを飲めばこの世には、サディル様やお父様の元に二度と戻れません。フローラどうする?」
と。
お母様の言葉を理解したのか?肩に乗っているコウモリはバタバタと羽を羽ばたかせ、まるで「飲んではダメ」と言っているようだった。
以前の私だったら毎日が辛くて、きっと何の迷いも無くこの飲み物を飲んでいたと思う。
でも今は・・
そんな私を見てお母様は再度
「どうしますか?フローラ・・飲めば私と共にその先へと進めます。飲まなかったら」
「飲まなかったら?」
お母様の言葉におうむ返しで聞いてみる。
お母様は何かを考えるように、少し間をあけてから口を開いた。
「お迎えが来たら元の世界へ。来なければ永遠にこの場所で彷徨う事になります」
「ではお母様は・・?」
お母様もこの場で彷徨っているのかと心配になり聞き返した。
そうでなければこの場に居ないと思ったから・・
そんな私の様子に気付いたのか
「私は私の意思でここに残っているのよ。貴女のお父様が訪れるのを待つために」
とハッキリ言葉にして。
私はその言葉に胸が熱くなった。
政略結婚で一緒になった二人だけど、お父様とお母様の間には愛が生まれていたのだと。
あの時のお父様の言葉は本当だったんだ!と、嬉しくなった。
「お父様に・・お母様はお父様が来るのを待っていると・・お伝えしたいです」
「ええ」
お母様は私の涙を優しく拭きながら相槌を打つ。
「そしてお母様・・私にも帰りたい場所、人が出来ました」
「ええ」
「その人の元へ・・帰りたいです・・」
「・・ええ、そうしてちょうだい・・」
優しく私の手を握りながら答えたお母様の手は冷たかったけれど、なぜか私には温かく感じた。
そして私の後ろに何か気付いたのか、子供の頃に見た優しい笑顔を向けてくれた。
そんな時背後から私を思い切り抱きしめた人がいた。私は驚きのあまり声が出そうになったけど、肩に乗るコウモリが嬉しそうにキィキィと鳴きながらその人の肩へと移ったが、その人は息を切らしながらも私の肩で震えている。
本来であれば突然抱き締められたら悲鳴が上がるが、私はその人が誰なのか直ぐに分かってしまった。
嗅ぎ慣れた、私の好きな香り・・
この場まで私を迎えに来てくれた最愛の人・・
私はその人の腕に自身の手を重ねながら、愛しい名を呼んだ。
「サン・・サディル様・・」
と。
サンも震える声で私の名を呼び続ける。そんな私たちにお母様は
「さあ早く戻りなさい」
と言いながら私の頬に手を触れた。
「大きくなった貴女に会えて嬉しかった。貴女を本当に愛してくれる人に会えて良かった。幸せに・・そしてあの人に待っていると伝えて?」
私とサンはお母様を見つめながら強く、ハッキリと頷いた。
お母様も安心したのか優しく頷くと「早く」と言いながら後ろを指差した。
お母様の姿がどんどんと薄くなる。
私はサンに手を引かれながらその場から立ち上がると、急いで指を刺された方角へと走った。
始めは小さかった光が徐々に大きくなっていく。
「もう少しだフローラ!皆が君の目覚めるのを待っている!」
「ええ」
「私の元へ帰ってきて・・」
言い終わる前にサンの姿が消えてしまった。
私は不安になり一瞬その場で足を止めてしまったが、そんな私に踏み出す勇気を与えてくれたのは他でもないコウモリだった。
コウモリはまるで私を誘導するかのようにキィキィと鳴きながら前を飛ぶ。
「待ってコウモリさん!私と一緒に行きましょう」
私はそう言ってコウモリと共に光の方へと走った。
だんだん大きくなる光へどんどん進むとその光は弾けるように私とコウモリを包んだ・・




