二十二 王宮での夜会 五
「強めの酒を頼む」
自分が恥ずかしくなった。
あの時、確かに彼女は私の事を サン と言った。
子供の頃に教えた私の愛称を確かに。
それが嬉しくて、一瞬動きを止めてしまった。
すると落とされないようにとしがみついた彼女の温もりと香りに思考が全て閉ざされてしまい、更にぎこちない態度を取ってしまう。
ただでさえ彼女から放たれる甘い香りが、私の理性を壊そうとしてくるのに
「彼女の顔が、香りが、温もりが頭から離れない・・」
唯一の番
その番の香りは麻薬に近い
一度嗅いでしまえば二度と離れられなくなる香りに
早く彼女を私の、私だけの人にしたいと願ってしまう。
その理性を保つため飲み物を取ってくると言ってフローラをソファーに残して来た。
あのまま彼女と一緒にいたらきっと無理矢理に私との絆を結んでしまったかも知れない・・
「静まれ、俺!!」
コップに注がれた強めの酒を一気に飲み干すと、果実水を頼んだ。
フローラへ持って行く飲み物だ。
強めの酒を二杯飲んだ所で急に声をかけられた。
「おいサン!何故ここにいる?フローラは?ウィルは置いて来たんだろうな?」
理性を保ちたくて男性専用のサロンで休んでいると、グラスを片手に持ったレイモンドが現れた。
「今から彼女の元へ戻ろうと思っていた所だ。ウィルは今夜護衛ではなく辺境伯家として参加させている」
「・・・」
レイモンドの顔色が悪くなる。
その顔で何を言いたいかを悟った俺は果実水も持たずサロンを飛び出した。
[さっきまであのテーブルを囲んでいた数人の中に、フローラの婚約者がいたんだ]
フローラどこに行ったんだ?
[その中の一人が、今夜一人の令嬢を手籠にするとか何とか話していたんだ]
どうしてフローラから離れてしまったんだ!
[自分には来てくれる令嬢がいないから、無理矢理にでも既成事実を作らないと結婚できないと・・]
頼むから無事でいてくれ!
[違うとは思いたいが、その時のあの男の顔が気になって・・]
会場に戻り急いでフローラを待たせている場所へ向かうと、何故かいるはずの彼女がその場にいなかった。
周りを見渡してもいない
「どこだ?」
「ブラッド公子様、今宜しいでしょうか?」
「・・申し訳ないが今は・・」
このやり取りも何度目か・・私は急いでフローラを探さなければならないのに!
フローラを探していれば他の貴族から声をかけられ足止めをくらう。
「すまないが私の連れを見かけなかったか?」
「いや、申し訳ない。それよりも私の娘を・・」
結局どこの貴族も私と娘を会わせたがる。
フローラの存在がどれ程救われていたか、今になって嫌と言うほど良くわかった。
そんな時、ようやく護衛のウィルを見つける事が出来た。
「ウィル!!」
「サンどうした?そんな顔して」
「ウィル、ザーラはどうした?」
「?ザーラなら・・あれ、さっきまであのテーブルの所でケーキを食べていたのに」
「ウィル、フローラが居なくなった!ソファーで待つように言っておいたのに居ないんだ!!」
「え?」
私の慌て方が普通では無いと悟ったウィルは急いで辺境伯家門の人間を呼び寄せると、慌ててその場を離れた。
「王太子にはレイモンドから報告が入っている」
そう最後に伝えると軽く頭を縦に振った。
きっと大丈夫・・
ザーラを探したが見当たらない、もしかしたらフローラの後を追ったのかも知れない・・
私はもう一度フローラを待たせたソファーへと足を向けた。
その時
「お久しぶりでございます。サディル様」
「・・・君に名を呼ぶ権利を与えた覚えは無いはずだが?」
「ふふ、そんな冷たい事を仰らないでください」
そう言いながらフローラの義妹リーナが目の前に現れると、何故か私に擦り寄ってくる。
気持ちが悪い
私は一歩後ろに下がるが彼女の蛇のような視線から目が離せなかった。
「お義姉さまをお探しでしょう?わたし、知っていますよ?どこにいるか」
「・・フローラはどこに・・」
扇で口元を隠しているが目が全てを物語っている。この女はフローラに害をなす者だと!
「教えて差し上げてもよろしいですわ。その代わり・・」
そう言いながら右手を差し出し
「わたくしと一曲踊っていただけませんか?」
「それは・・」
「お義姉さまの居場所、知りたくありませんか?」
「くっ!」
「早く駆け付けないとお義姉さま、無事ではいられない可能性も・・」
「卑怯な事を・・」
この女は何かを知っている!と直感で感じた。
ブラッド公爵家の家門の力を疑っている訳では無い・・が、少しでも早く居場所が知りたかった私はその手を取ってしまった。
まさかこれこそが仕組まれた罠だったとも知らずに・・
「さぁフローラ、良く見るんだ。君が信用していた男もやはり普通の男。結局は見目の良い女を選ぶんだ」
「信じ・・られません」
バルコニーで頭を冷まし会場へ戻ると、何故か目の前にクルト様が立っていた。
私は軽く頭を下げるとその場から離れようとクルト様の横を通り過ぎた。
「待て!一緒に来い」
「人を待たせていますので」
「うるさい!お前に声を掛けるのさえ嫌なのに!いいから黙って着いてこい!」
嫌なら声など掛けなければ良いのに・・そう思いながらも今でも私たちは婚約を結んでいる。
仕方なくクルト様の後を着いて行くと目の前に現れたのは、楽しそうに笑顔を振り撒くリーナと
「サディル様・・」
だった。




