二
「ごきげんよう先生」
「あれ?フローラどうしたんだい」
王宮の医務室兼研究室へ顔を出せば先生は驚いた顔をしながら出迎えてくれた。
「時間が出来たので」
私がそう言うと先生は察してくれた。
私は荷物をテーブルの上に置くとお茶を淹れるために給湯室へ向かう。
本来ならメイドがお茶を淹れるのだが、先生は研究室に人が入るのをとても嫌がるため最近では私が直接淹れている。
もちろんお茶の淹れ方はばぁや仕込みだ!
「先生、休憩しませんか?お菓子を持って参りましたの」
「!それは有り難い!お昼を食べ損ねてしまってね」
先生は急いで手を洗うとソファーに腰を下ろし、私が持参したお菓子を食べ始めた。
持参したこのお菓子、実はクルト様とのお茶会の為に私が焼いたお菓子だった。
毎回何かしらのお菓子を焼いては準備するのだが、クルト様は毎回リーナを伴って出掛けてしまうため食べてくれるのは先生になった。
「今日も婚約者殿は・・」
「ええ・・義妹と出掛けましたわ」
「そうか・・まぁ僕としては美味しいお菓子が食べられるから嬉しいんだけどね」
「ふふ、実は先生の為に焼いているんですよ?今回のお菓子もお口に合って良かったですわ」
私は先生のカップに新しいお茶を注ぎ入れた。
先生はある名家の三男で我が家と同じ子爵の位を継承している二十七歳独身だ。
去年お父様と参加した夜会で「君、誰に呪いを掛けられたんだ?」と、突然声を掛けられたのが出会いだ。
先生は呪いと言ったがその症状は日中の目眩と眠気だが、その症状は日に日に酷くなっていて・・
「!すみません先生、また眠っていた様ですね」
所構わず寝てしまう。
その症状はその日によって違うが、最近は寝ている時間が長くなっている気がする。
その代わり夜に起きている時間は伸びて、昨夜もメイベルから借りた本を読破してしまったのだ。
ばぁやはただの夜更かしだと思っているし、私も始めはそう思っていて何度も早くベッドへ入ったが・・
「夜になると目が冴えてしまうのです。最近では日が眩しくて・・ってこれを言うと怒られてしまうのですけれど」
私は急いで身なりを整える。
「その症状こそが君に掛けられた呪いなんだよ」
「・・・」
私は冷め切ったお茶を一口飲むと、今まで不安で聞けなかった事を聞いた。
「先生、私あとどのくらい生きられるのですか?私・・不安になるのです。このまま目が開かなくなるのでは無いかと・・」
「・・もう少し待って欲しい・・君の症状を治す方法が見つかりそうなんだ・・」
「!!本当ですか!」
先生は頷く。
家の者たちは私が夜更かしするから日中寝てしまうんだ!と思っているが実は逆で、日の光が眩し過ぎて目を開けていられないから寝てしまうのだ。
だから先生が言ったこの症状を治す方法が見つかれば、お義母様やリーナから嫌味を言われなくて済む。
もしかしたらクルト様とだって・・
それは無理ね・・
私は頭を横に振ると諦めに似た感情で溜息を吐く。クルト様は最初から私では無くリーナを選んだ。
それは五年過ぎた今でも変わらない。
お父様以外の者は皆知っている事なのに、何故かお父様だけは頑なに婚約者の変更をしないのだ。
クルト様とリーナは本当に愛し合っているのに・・
私は茶器を片付けに給湯室へ向かう。すると滅多に人が来ない医務室のドアをノックする音が聞こえた。
先生はノックの音に気付かないのか机の上で何かを読んでいる。
コンコンッ
もう一度ノックの音がした。私は急いで茶器を置くと扉を開けに早足で向かう。
「!」
「すみません、オードレ医師は・・」
扉を開けると同時に開かれた目の前に立つ男性は私より少し年上で、真っ黒の髪に真っ赤な瞳をしたとても綺麗な顔立ちをした人だった。
初対面の人なのに何故か懐かしさを感じてしまった私は、しばらくの間その人の目を見つめてしまった。
「あの・・オードレ医師は・・」
「・・・!!すみません中へどうぞ!先生、お客様です!」
彼の言葉に我に返った私は急いでお客様を中へ通し、先生を呼んだ。
お客様の名はサディル・ブラッドさんと言って、ブラッド公爵家の小公子だった。
最近隣国から戻られたと夜会でもこの話題で持ちきりだったのを思い出した私は先生とブラッド様の関係を気にしつつも、お茶を淹れるために給湯室へと体の向きを変えた。
先生と小公子にお茶を出すと先生の耳に一言「帰ります」と伝えると部屋から出た。
先生は また明日! と言って手を振る。私は二人に対し軽く頭を下げて挨拶をするとふと視線に気が付いた。
視線の先にはブラッド様が私を見て、目が合うとそらされた。
私は不思議に思いながらももう一度頭を下げると部屋から出た。目が合ったのは一瞬、もしかしたら気のせいだったのかも・・
でも、少しだけ夢に見た男の子に似ていた様な・・
私は頭を振るとメイベルに話さなきゃ!と、少しだけ早足でメイベルが勤めている部署へ向かい廊下を歩いた。
数年ぶりに彼女の香りを嗅いだ。
興奮と安らぎ・・どちらにも感じられる香りに我慢出来ず思わずレイモンドの部屋まで来てしまった。
レイモンドからは今日フローラは来ないと聞いていたのに・・
「サン、何しに来たんだ?まだ早いと、彼女に会うのはもう少し後だと言ったのに」
今自分が思っていた事を言われた。
「・・すまない、でも王宮に足を踏み入れた瞬間に彼女の香りがして・・」
「香りか・・もうお互いに限界が近いのかもな・・。厄介なものだな、番というのは」
番いの香りはその相手にしか分からない。レイモンドにはまだ相手が見つかっていない為にこの香りを説明しても分からないようだ。
「・・いや、彼女の存在があったから俺は隣国へ行っても自分を保てたんだ」
「そういうものかねぇ」
レイモンドはフローラが淹れたお茶を飲むと、これまた彼女の手作りだと言うお菓子に手を伸ばす。
俺はその手を払いのけるとお菓子をナフキンに全部包む。
「ああ、お前にも番が・・いや、心から愛せる人が現れたら分かるよ」




