十五 公爵邸で 2
ばぁやもザーラさんも頭を下げながら公子様を出迎える。私も急いで立ち上がると公子様へ挨拶を送ると、私の左頬に軽く触れながら優しく微笑んだ。
その様子に私をはじめリーナとクルト様も驚く。
「起きて大丈夫なのか?やっと熱が下がったとザーラから聞いたが、無理はしないで欲しい」
「あっありがとうございます。おかげさまで起き上がれるまでには回復致しました」
「そうか?まだ顔が赤いが・・」
「そ、それは公子様の手が・・」
そんなやり取りをしていると突然リーナも立ち上がり私たちの前まで寄ってくると
「お久しぶりでございますサディル様」
と、私と公子様の間に入り込むととびきりの笑顔で挨拶をする。普通の子息ならばリーナのこの笑顔で簡単に落とせるがそこはやはり公子様だ。
リーナの笑顔を気にするどころか私との間に入り込んだ事に苛立ちを隠せない。
ところがそんな公子様に気付かないリーナは、更に間を詰めようとする。
「リーナ!それ以上は・・」
「リーナ!もう帰ろう!」
私とクルト様の声が重なる。
その声に一番反応したのは他の誰でもない公子様だった。
「きゃっ!」
「フローラ、顔色が良くない。部屋へ戻ろう」
急に私を抱き抱えると扉の方へと歩き出す。
「サディル様!!私はお義姉様を迎えに来たのです!」
「そんな話は聞いていない!!」
リーナの声を遮るように言葉を被せると、ウィルさんとザーラさんに
「私に無断で入り込んだ客人を玄関までお送りしろ。それから、今回のことはレビィ子爵とサマーン伯爵に抗議させてもらう」
そう言い残すと私を横抱きにしたまま応接室を出た。
応接室からはリーナの声とクルト様の声が聞こえてきたが、公子様は足を止めず私の部屋の方向へ進んだ。後ろを見るとばぁやが少し離れた距離を保ちながらついて来ており部屋の前まで来ると扉を開けた。
「あの公子様、私の体調も戻りましたしそろそろ屋敷へ戻ろうと思うのですが・・」
静かにソファーへ私を降ろすと向かい側のソファーへ座った。
「・・今の君がレビィ子爵家へ戻ると、きっとまた前の症状に悩まされるだろう。レイモンドは今、あの薬を作るために我が領地へと行っているから」
正直あの、症状が出るのは嫌だ。身体はダルく思考も妨げられる。何よりも眠る時間が長くなっているから子爵家では怠け者と言われるのだ。
「何故かこの屋敷なら君の症状は抑えられている。理由は・・分からないが、きっと空気が合うのだろう」
「そうですね・・我が屋敷よりもこちらの方が気持ちも楽です」
私の言葉に嬉しそうに頷く公子様に申し訳ない気持ちと嬉しい気持ちが混ざり合う。
私はばぁやが淹れてくれたお茶に手を付けると公子様の視線に気がつく。
何だろう・・と思っていると何か言いにくそうにしている。
「あの、公子様は私に何か言いたい事がお有りなのでしょうか?」
「・・・」
無言は肯定と同じ
「遠慮なく仰ってください」
公子様は言いにくそうにしていたけれど意を決して口を開いた。
「フローラは・・サマーン子息の事をどう思っている?」
「・・・えっ?」
思っていた事と違うことを聞かれ一瞬戸惑ってしまう。見れば公子様の眉が下がっているようにも見える
「はっきり申しますと・・義妹に熱をあげている方に好意は抱けません。この事は何度も父に伝えてはいるのですが・・」
「では、レイモンド・・オードレ子爵の事は・・」
なぜここで先生が出てくるのか?私は不思議に思いながらも正直に話した方が良さそうだと感じ、自分の気持ちを話す事にした。
「先生には感謝の気持ちしかございません。どのお医者様に診てもらっても分からなかった病を先生は見抜いてくださいましたから」
最初は眠る時間も短く身体の疲れかな?程度だったが、大人になるにつれ眠くなる間隔も寝る時間も長くなっていった。
そんな私を周りの人達は 怠け者 としか見なかった。ただ一人、お父様を除いて・・
「あの時、先生が私に呪いが掛けられていると仰ってくれて私の気持ちがどれだけ軽くなったか」
「嫌ではないのか?呪いと言われて・・」
私は軽く頭を振る。
原因が分からないままより、呪いでも原因が分かったほうが良い。
「呪いと言われても眠ること以外に症状もありませんし、こんな怠け者に邪な気持ちで寄ってくる殿方もいなかったので、むしろ有り難かったかなと」
笑いながら答えると何故か公子様も安心したような顔をした。
「そう、なので先生には感謝の気持ちはあっても男女の・・その・・気持ちはありません・・」
何自惚れてんだ!この女は!って思われたかしら?と急に恥ずかしくなった。
今の自分の顔を見られたくなくて下を向くこと数分、
「では、もしサマーン子息と婚約解消出来るとなったら君はどうする?」
どうする?
もしクルト様と婚約解消出来るならしたい。
でも私はレビィ子爵家の跡取りだ。いくらリーナがお父様の本当の娘だったとしてもそれを証明する事は出来ない。
本当の事を言えばお父様お義母さまだけでなく、男爵家やリーナにも傷が付く事になる・・
そうなれば私の元に婿入りする方もいなくなりレビィ子爵家は没落するだろう。
「君の気持ちが知りたいんだ」
「・・解消となれば新たに婿入りしてくれる方を探さねばなりません。私も直に十八となります。レビィ家の事を考えたら解消の選択は・・」
したい。
私はいつも思っていた。
クルト様がリーナを見る眼差しが羨ましかった。
私だけを見てくれる方と一緒になりたい。
私だけを愛してくれる人と・・
私は最後まで自分の気持ちを公子様に伝えられなかった・・




