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その黒猫は、今夜も港で待っている。  作者: 幸円一
本編

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7/23

第7話 さらに消えていく、猫石。

 7月11日、火曜日。

 四時間目とホームルームが終わると、教室はすぐに騒がしくなった。

 鞄を閉じる音や椅子を引く音に、寄り道や夏休みの予定を話す声が重なる。正午を少し回ったばかりの校庭には日差しが照りつけ、窓の外では蝉が盛んに鳴いていた。


 珠美が椅子ごと後ろを向いた。柑奈と三咲、弥太郎も、いつものように蓮の席へ集まってくる。

「さて、今日はどうする?」

 弥太郎が蓮の机に手をついた、そのときだった。

「なあなあ」

 昨日、自宅の猫石がいなくなったと教えてくれた男子生徒が、鞄を肩にかけたまま近づいてきた。

「昨日さ、帰り道に猫石を意識して見てみたんだよ。それで、今朝もう一回確認したら、二匹いなくなってた」

「二匹も?」

 柑奈が目を丸くする。

「どこにいた猫石?」

「どっちも通学路の途中。一匹は、庭の小さい物置の脇にいたやつ。子ども用の自転車が停めてあって、虫かごとかもごちゃごちゃ置いてあるところ。もう一匹は、別の家の門の横にいたやつ」

「昨日は間違いなくいたのか?」

 蓮が確認する。

「うん。帰りには両方いた。今朝見たら、どっちもいなくなってた」

 男子生徒は、どこか楽しそうに声を弾ませた。

「これ、やっぱり何か起きてんのかな?」

「実は、俺たちも何が起きてるのかは分かってないんだ」

 蓮が答えた。

「短い間に何匹もいなくなってるから、何か変だとは思ってるけど」

「そっか。じゃあ俺、引き続き猫石を見ながら帰るよ。またいなくなってたら報告する!」

 男子生徒は、任務を与えられたように目を輝かせ、そのまま友人たちの待つ廊下へ出ていった。


「……心強い調査員ができたね」

 柑奈が笑った。

 弥太郎も笑いながら頷いたが、すぐ困ったような顔をした。

「とはいえ、本当に俺たちも何を調べてるのか、よく分かんなくなってきたよな」

 その言葉に、蓮は返事ができなかった。

 猫石がいつもの場所から消えている。

 その由来を知れば何か分かるのではないかと、図書館で資料を漁り、丑寅守神社で噂について話を聞いた。しかし、今の自分たちが何を目標にしているのかと尋ねられれば、うまく説明できそうにない。


「でも、ただの偶然ではないと思うから」

 三咲が言った。

「もし誰かが勝手に持ち去ってるんだとしたら、それはやめさせないと」

「それはそうだな」

 蓮が頷くと、ほかの三人も同意した。

「んじゃ、俺たちがやってるのは、いわばパトロールってところか」

 弥太郎は珠美へ顔を向けた。

「家出猫石捜索隊改め、猫石パトロール隊ってのはどうだ、隊長?」

「猫石パトロール隊。うん、悪くないんじゃない?」

 いつもならさらに大げさな作戦名でもつけるところなのに、今回はすんなりと受け入れて笑った。

「じゃあ、一回帰って昼飯食って、二時くらいに集合でいいか?」

「それでいこう」

 蓮が答え、五人はいったん帰宅することにした。


     * * *


 午後二時。

 日曜日と同じ駅前の百貨店のベンチへ集合した五人は、アーケードのある商店街から見て回ることにした。

 入口の石造りのモニュメントの横には、青い首輪の猫石が変わらず座っていた。

「青い首輪は、いるね」

 柑奈が言った。

「珠、メモはいいのか?」

 弥太郎に尋ねられ、珠美は「あっ」と小さく声を上げた。

「ごめん。メモ帳、家に忘れてきちゃった」

「隊長、装備不良じゃねえか」

「パトロール隊への移行に伴って、装備の引き継ぎに不備があったみたい」

 珠美は笑ってごまかした。


 商店街を進む。

 オザワレコード脇の笑顔の猫石は、昨日からいなくなったままだった。

 その先にあるラーメン屋・与一では、昼の営業を終えたらしく、店先に置かれた順番待ち用のベンチが空いていた。


「あれ?」


 柑奈が足を止める。

「ここにいたよね、猫石」

 蓮もベンチの端へ目を向けた。

 日曜日に通ったときには、身体に花模様が描かれた猫石が、確かにそこへ座っていた。五人全員で見たのだから、記憶違いではない。


「また一匹いなくなったのか」

 弥太郎が低い声で言った。

「珠、これも書いといて――って、メモないんだったな」

「ああ、うん」

 珠美は空いたベンチを一度見ただけで、あっさりと視線を外した。

「ラーメン屋のベンチの子ね、覚えとくよ」

 昨日までの珠美なら、店の人に事情を聞こうと言い出していたかもしれない。

 けれど今日は、店の閉まった扉へ近づこうともしなかった。その後も商店街を歩いたが、新たな変化は見つからなかった。

 香車蒲鉾店の横では、ウインク猫石がいつもの場所に座っていた。薫の姿は店内にも見当たらなかった。


 やがてアーケードの終わりまでたどり着き、五人は立ち止まった。

「このあと、どうする?」

 蓮は三方向へ分かれる道を見回した。

「山側を探すか、海岸通りへ出るか。それとも、クラスのやつらから情報が多かった住宅地を回るか」

「住宅地じゃない?」

 柑奈が答える。

「家の庭にいる猫石は、その家の人にしか分からないことも多そうだけど」

 三咲が少し考えるように言った。

「だったら海岸通りか?」

 弥太郎が尋ねる。


「あのさー」

 珠美が遠慮がちに片手を上げた。

「ごめん。今日は、この辺で終わりにしない?」

「なんだよ。まだ商店街を歩いただけじゃねえか」

「いやー、なんかちょっと、暑さにやられちゃったみたいでさ」

 珠美はそう言うと、額に手を当て、大げさによろめいてみせた。

「珠、大丈夫?」

 演技だとは分かっているようだったが、三咲と柑奈は反射的に両脇から珠美の腕を取った。

「大丈夫、大丈夫。ちょーっと疲れただけ」

 珠美はすぐにふらつくのをやめ、けろりと笑った。


「ほら、今週の土曜日はお祭りでしょ? 万全の体調で挑むためにも、今日は身体を休めとこうかなって」

「まあ、それはそうだな」

 弥太郎が納得したように頷く。

「年に一度の祭りで体調崩したら、もったいねえし」

「もうすぐ夏休みだしね!」

 柑奈も楽しそうに笑い、三咲も頷いた。

「今日も暑いし、無理はしない方がいいか」

 蓮が言うと、五人はそこで解散することになった。


「ごめんね。それじゃ私、帰ってゆっくり昼寝でもしておくわ!」

 珠美はそう言って手を振ると、来た道を足早に戻っていった。

 弥太郎が、その背中を見送りながらつぶやく。

「……元気じゃねえか」

「なんか、ちょっと変じゃなかった?」

 三咲が言った。

「うん。いつもの珠なら、私たちが帰ろうって言っても、むしろ『まだまだ!』って引っ張っていきそうなのに」

 柑奈も首をかしげる。


 言われてみれば、蓮も今日の珠美には違和感を覚えていた。

 日曜日までは、猫石を見つけるたびに足を止め、場所や特徴をメモ帳へ書き込んでいた。それなのに今日は、ラーメン屋の猫石が消えているのを目の前にしても、店の様子を調べようともしなかった。


 昨日も珠美の都合で、五人揃って見て回ることはできなかった。

 そして今日は、メモ帳すら持ってきていない。

 珠美に、何かあったのだろうか。


 蓮の頭に、夜の港で待つ「探偵」の姿が浮かんだ。

 自分たちだけで考えていても、同じ場所をぐるぐる回っているような気がする。


 今夜、この話を探偵に聞かせてみよう。

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