第7話 さらに消えていく、猫石。
7月11日、火曜日。
四時間目とホームルームが終わると、教室はすぐに騒がしくなった。
鞄を閉じる音や椅子を引く音に、寄り道や夏休みの予定を話す声が重なる。正午を少し回ったばかりの校庭には日差しが照りつけ、窓の外では蝉が盛んに鳴いていた。
珠美が椅子ごと後ろを向いた。柑奈と三咲、弥太郎も、いつものように蓮の席へ集まってくる。
「さて、今日はどうする?」
弥太郎が蓮の机に手をついた、そのときだった。
「なあなあ」
昨日、自宅の猫石がいなくなったと教えてくれた男子生徒が、鞄を肩にかけたまま近づいてきた。
「昨日さ、帰り道に猫石を意識して見てみたんだよ。それで、今朝もう一回確認したら、二匹いなくなってた」
「二匹も?」
柑奈が目を丸くする。
「どこにいた猫石?」
「どっちも通学路の途中。一匹は、庭の小さい物置の脇にいたやつ。子ども用の自転車が停めてあって、虫かごとかもごちゃごちゃ置いてあるところ。もう一匹は、別の家の門の横にいたやつ」
「昨日は間違いなくいたのか?」
蓮が確認する。
「うん。帰りには両方いた。今朝見たら、どっちもいなくなってた」
男子生徒は、どこか楽しそうに声を弾ませた。
「これ、やっぱり何か起きてんのかな?」
「実は、俺たちも何が起きてるのかは分かってないんだ」
蓮が答えた。
「短い間に何匹もいなくなってるから、何か変だとは思ってるけど」
「そっか。じゃあ俺、引き続き猫石を見ながら帰るよ。またいなくなってたら報告する!」
男子生徒は、任務を与えられたように目を輝かせ、そのまま友人たちの待つ廊下へ出ていった。
「……心強い調査員ができたね」
柑奈が笑った。
弥太郎も笑いながら頷いたが、すぐ困ったような顔をした。
「とはいえ、本当に俺たちも何を調べてるのか、よく分かんなくなってきたよな」
その言葉に、蓮は返事ができなかった。
猫石がいつもの場所から消えている。
その由来を知れば何か分かるのではないかと、図書館で資料を漁り、丑寅守神社で噂について話を聞いた。しかし、今の自分たちが何を目標にしているのかと尋ねられれば、うまく説明できそうにない。
「でも、ただの偶然ではないと思うから」
三咲が言った。
「もし誰かが勝手に持ち去ってるんだとしたら、それはやめさせないと」
「それはそうだな」
蓮が頷くと、ほかの三人も同意した。
「んじゃ、俺たちがやってるのは、いわばパトロールってところか」
弥太郎は珠美へ顔を向けた。
「家出猫石捜索隊改め、猫石パトロール隊ってのはどうだ、隊長?」
「猫石パトロール隊。うん、悪くないんじゃない?」
いつもならさらに大げさな作戦名でもつけるところなのに、今回はすんなりと受け入れて笑った。
「じゃあ、一回帰って昼飯食って、二時くらいに集合でいいか?」
「それでいこう」
蓮が答え、五人はいったん帰宅することにした。
* * *
午後二時。
日曜日と同じ駅前の百貨店のベンチへ集合した五人は、アーケードのある商店街から見て回ることにした。
入口の石造りのモニュメントの横には、青い首輪の猫石が変わらず座っていた。
「青い首輪は、いるね」
柑奈が言った。
「珠、メモはいいのか?」
弥太郎に尋ねられ、珠美は「あっ」と小さく声を上げた。
「ごめん。メモ帳、家に忘れてきちゃった」
「隊長、装備不良じゃねえか」
「パトロール隊への移行に伴って、装備の引き継ぎに不備があったみたい」
珠美は笑ってごまかした。
商店街を進む。
オザワレコード脇の笑顔の猫石は、昨日からいなくなったままだった。
その先にあるラーメン屋・与一では、昼の営業を終えたらしく、店先に置かれた順番待ち用のベンチが空いていた。
「あれ?」
柑奈が足を止める。
「ここにいたよね、猫石」
蓮もベンチの端へ目を向けた。
日曜日に通ったときには、身体に花模様が描かれた猫石が、確かにそこへ座っていた。五人全員で見たのだから、記憶違いではない。
「また一匹いなくなったのか」
弥太郎が低い声で言った。
「珠、これも書いといて――って、メモないんだったな」
「ああ、うん」
珠美は空いたベンチを一度見ただけで、あっさりと視線を外した。
「ラーメン屋のベンチの子ね、覚えとくよ」
昨日までの珠美なら、店の人に事情を聞こうと言い出していたかもしれない。
けれど今日は、店の閉まった扉へ近づこうともしなかった。その後も商店街を歩いたが、新たな変化は見つからなかった。
香車蒲鉾店の横では、ウインク猫石がいつもの場所に座っていた。薫の姿は店内にも見当たらなかった。
やがてアーケードの終わりまでたどり着き、五人は立ち止まった。
「このあと、どうする?」
蓮は三方向へ分かれる道を見回した。
「山側を探すか、海岸通りへ出るか。それとも、クラスのやつらから情報が多かった住宅地を回るか」
「住宅地じゃない?」
柑奈が答える。
「家の庭にいる猫石は、その家の人にしか分からないことも多そうだけど」
三咲が少し考えるように言った。
「だったら海岸通りか?」
弥太郎が尋ねる。
「あのさー」
珠美が遠慮がちに片手を上げた。
「ごめん。今日は、この辺で終わりにしない?」
「なんだよ。まだ商店街を歩いただけじゃねえか」
「いやー、なんかちょっと、暑さにやられちゃったみたいでさ」
珠美はそう言うと、額に手を当て、大げさによろめいてみせた。
「珠、大丈夫?」
演技だとは分かっているようだったが、三咲と柑奈は反射的に両脇から珠美の腕を取った。
「大丈夫、大丈夫。ちょーっと疲れただけ」
珠美はすぐにふらつくのをやめ、けろりと笑った。
「ほら、今週の土曜日はお祭りでしょ? 万全の体調で挑むためにも、今日は身体を休めとこうかなって」
「まあ、それはそうだな」
弥太郎が納得したように頷く。
「年に一度の祭りで体調崩したら、もったいねえし」
「もうすぐ夏休みだしね!」
柑奈も楽しそうに笑い、三咲も頷いた。
「今日も暑いし、無理はしない方がいいか」
蓮が言うと、五人はそこで解散することになった。
「ごめんね。それじゃ私、帰ってゆっくり昼寝でもしておくわ!」
珠美はそう言って手を振ると、来た道を足早に戻っていった。
弥太郎が、その背中を見送りながらつぶやく。
「……元気じゃねえか」
「なんか、ちょっと変じゃなかった?」
三咲が言った。
「うん。いつもの珠なら、私たちが帰ろうって言っても、むしろ『まだまだ!』って引っ張っていきそうなのに」
柑奈も首をかしげる。
言われてみれば、蓮も今日の珠美には違和感を覚えていた。
日曜日までは、猫石を見つけるたびに足を止め、場所や特徴をメモ帳へ書き込んでいた。それなのに今日は、ラーメン屋の猫石が消えているのを目の前にしても、店の様子を調べようともしなかった。
昨日も珠美の都合で、五人揃って見て回ることはできなかった。
そして今日は、メモ帳すら持ってきていない。
珠美に、何かあったのだろうか。
蓮の頭に、夜の港で待つ「探偵」の姿が浮かんだ。
自分たちだけで考えていても、同じ場所をぐるぐる回っているような気がする。
今夜、この話を探偵に聞かせてみよう。




