第5話 猫石の、故郷。
7月9日、日曜日。
前日、昼過ぎに集まる約束をした五人は、外で待ち合わせるには暑すぎるだろうと、駅前の百貨店にある休憩用のベンチを待ち合わせ場所に選んだ。
その判断は正しかった。この日の尾之浦は朝から雲一つない快晴で、昼を過ぎる頃には、外で立っているだけでも汗が滲むほど気温が上がっていた。
「まず、いいかな」
最後に弥太郎が到着し、五人がそろったところで三咲が切り出した。
「うちの近所のお家にも、一匹いるんだ。学校帰りに会うと、いつも元気に挨拶してくれる子が住んでるところ」
三咲は四人の顔を順番に見ながら続けた。
「そのお家の、道から見える花壇の中にいてね。いつもきれいにお花を手入れされてるから、季節の花に囲まれて気持ちよさそうで覚えてたんだけど……今日、ここへ来る途中に見たら、いなくなってた」
「それ、間違いないのか?」
蓮が確認すると、三咲は頷いた。
「うん。丸目のこともあったから、ここ数日は通るたびになんとなく確認してたんだ。昨日の帰りには、間違いなくいたよ。だから、昨日の夕方から今朝までの間にいなくなったんだと思う」
「家の人が、別の場所に移しただけってことは?」
「それはあるかもしれない。まだお家の人には話を聞けてないから」
「もし聞けそうだったら、聞いておいてもらえる?」
珠美が言うと、三咲は「うん」と答えた。
「じゃあ、ひとまず丑寅守神社へ行こうか」
蓮の言葉で、五人は百貨店を出た。
外へ一歩出ると、真夏の日差しが容赦なく照りつけてきた。
「あちー。なあ、せめてアーケード通っていこうぜ」
弥太郎が、商店街を抜けるルートを提案する。
「賛成。日焼け止め塗ってても、これじゃ焼けちゃうよ」
柑奈は両手を額に当て、目元に日陰を作った。
商店街の入口まで来たところで、珠美が足を緩めた。石造りのモニュメントの横に、一匹の猫石がいる。首元には、青い首輪が描かれていた。
「商店街入口、モニュメント横……青い首輪」
珠美はそうつぶやきながら、手にしたメモ帳へ書き込んだ。駅前からここまでにも、二、三度同じように足を止めている。
「さっきから何やってんだ、珠」
「目に入った猫石の場所を、一応メモしてるの。あとでいなくなってたら、すぐ分かるでしょ」
「なるほどな」
弥太郎が感心したように頷く。
商店街へ入ってからも、猫石は次々と見つかった。
ラーメン屋・与一の順番待ち用のベンチには、身体を花模様で彩られた猫石。
右手にあるCDショップ・オザワレコードには、にっこり笑った顔の猫石。
香車蒲鉾店の横にある石畳の小路をのぞくと、昨日確認した場所に、ウインクした猫石が変わらず座っていた。店の中へ目を向けると、ガラス越しに薫と目が合った。薫は笑顔で手を振ってくれた。蓮も小さく手を振り返し、そのまま店の前を通り過ぎる。
商店街を抜け、線路沿いの道へ出た。道路を渡り、石段を上がって線路を越える。その先の民家では、玄関前のプランターの上に、額にハチワレ模様が描かれた猫石がいた。細い道沿いの石垣にも、首元が桃色に彩られた猫石が座っている。
探そうとしなくても、意識して歩いてみれば、町のあちこちで猫石が目に入った。今までどれほど多くの猫石を、目にしていながら見過ごしていたのだろう。
* * *
丑寅守神社に着いた五人は、短い石段を上って境内へ入った。
竹箒を手にした作業着姿の男性が、境内の奥へ歩いていこうとしている。
「あ、すみません!」
蓮がとっさに声をかけると、男性は足を止めて振り返った。
「はい。どうされましたか?」
蓮は、図書館で来福猫石について調べたこと、この神社で猫石の祈祷が行われていたと知ったこと、昔から伝わる噂について聞きたいことを順に説明した。
男性は、この丑寅守神社の宮司だと名乗った。
「境内で立ち話でも構いませんが、暑いでしょう。社務所へどうぞ」
案内された部屋には冷房がよく効いていた。
「涼しいー……」
五人の声がきれいに重なり、宮司はおかしそうに笑った。五人は二つのソファに分かれて腰を下ろし、宮司も向かいの椅子へ座った。
「それで、どのようなことをお話ししましょうか。私に分かることであれば」
珠美がメモ帳を開いた。
「宮司さんは、猫石が夜になると動くっていう噂を聞いたことがありますか?」
宮司は少し意外そうに目を瞬かせたあと、すぐに穏やかな笑顔へ戻った。
「ええ、聞いたことがありますよ」
五人はわずかに身構えた。
「皆さんがお調べになったとおり、来福猫石の祈祷を行うのは、この神社の役目でした。最後の制作会が開かれた頃は先代がまだ現役でしたので、私は手伝い程度でしたが。実際に祈祷を行ったのは先代です」
最後に大規模な制作会が行われたのは、二十五年以上も前のことだ。
「その先代が、ときどき子どもたちに話していたんですよ。夜中に境内を見回っていたら、猫石が走り回っていた、なんてね」
「本当に見たんですか?」
柑奈が恐る恐る尋ねる。
「さあ、どうでしょう」
宮司は楽しそうに笑った。
「先代は、そういう話を子どもたちに聞かせるのが好きな人でしたから。その話を聞いた子どもたちが面白がって、少しずつ形を変えながら広めたのかもしれません」
「昨日、小学生の男の子から、猫石は消えたんじゃなくて、神社に向かってるんだって言われたんです」
珠美が言った。
「ここへ、ですか?」
「正確には、『神社に』としか言ってませんでしたけど」
宮司は、記憶を探るように少し考えた。
「猫石が神社へ向かって歩く、という形で昔から伝わっていた話は、私には覚えがありませんね。ただ……」
「ただ?」
「夜になると、猫石たちが境内へ集まって会議をしている。そんな話なら、小学生から聞いたことがあります」
「会議?」
蓮が聞き返す。
「もっとも、何を話し合っているのかまでは、私にも分かりませんが」
宮司は冗談めかして笑った。
「最近、境内の猫石が増えたりはしてませんか?」
三咲が尋ねた。
「私が境内で見かける数は、特に変わっていませんよ。猫石が歩いてくるところも、残念ながらまだ見たことはありません」
そこで、ひとまず話は終わった。
社務所を出ると、五人の身体を夏の熱気が包み込んだ。
「最後に、境内の猫石を少し見て回ってもいいですか?」
珠美が尋ねる。
「ええ。構いませんよ。ただ、拝殿の裏手は剪定作業の途中です。道具も置かれていますので、そちらには入らないようにしてください」
見ると、拝殿の横へ続く通路には三角コーンが置かれ、縄が張られていた。
五人はもう一度礼を言い、宮司が社務所へ戻っていくのを見送った。
境内を歩き、目についた数匹の猫石の場所や特徴を珠美のメモ帳へ書き加えてから、五人は町へ戻ることにした。
* * *
「ずっと、怖い話になるんじゃないかって不安だった」
帰り道、柑奈が不満そうに口を尖らせた。その言葉に、四人が笑う。
「先代の宮司さんが子どもに聞かせた話に、尾ひれがついたってことかな」
弥太郎が興味深そうに言った。
「最初は夜に動くだけだったのが、そのうち会議をするようになって、今度は神社に向かうようになった、と」
「里帰りみたいなものなのかな」
三咲が言った。
「ほら、猫石は丑寅守神社で祈祷を受けて、来福猫石になったんでしょう? それなら、生まれた場所へ帰るみたいだなって」
「あ、それならちょっとかわいいかも」
柑奈の表情がようやく緩んだ。
商店街へ入ったところで、蓮は掲示板に貼られた夏祭りのポスターに目が留まった。開催日は次の土曜日、7月15日とある。
「そういえば、猫石の祈祷をしたのって、夏祭りの日なんだよな」
蓮が言うと、全員が足を止めた。その視線が、ポスターに注がれる。
「……ちょっと待って。そういうこと?」
珠美が、ほかの四人の顔を見た。
「祈祷を受けて生まれた夏祭りの日に向けて、猫石が丑寅守神社へ里帰りしてる……ってことか?」
弥太郎が言う。
「た、たまたまだと思うけど……」
三咲は笑ったものの、その声には少し戸惑いが混じっていた。柑奈は、話が再び怖い方向へ進み始めたことに気づき、不安そうに眉を寄せている。
「あれ?」
珠美が商店街の先を指した。
「あそこって……」
指の先にあったのは、行きに通ったCDショップ・オザワレコードだった。
珠美が急いでメモ帳をめくる。けれど、目的のページを見つけるより先に、柑奈が声を上げた。
「いなくなってる……!」
オザワレコードの脇の脇にいた、にっこり笑った顔の猫石が姿を消していた。神社へ向かう途中には、確かにそこにいたはずだった。
「ここ。笑顔の猫石がいた。ほら、メモにも書いてある!」
珠美が開いて見せたページには、
『オザワレコード脇――笑顔の猫石』
と書かれている。
確認するまでもなかった。
ほんの少し前のことだ。蓮の記憶にも、あの笑った顔ははっきりと残っていた。
念のため、珠美が記録したほかの場所もいくつか見て回った。
青い首輪の猫石も、ウインクの猫石も、行きと変わらない場所にいた。いなくなっていたのは、オザワレコード脇の一匹だけだった。
五人がもう一度店の前へ戻ると、リュックサックを背負った小学生くらいの男の子が歩いてきた。
「ただいまー」
男の子はそう言いながら、店の入口へ向かう。
「あ、ちょっといい?」
珠美が呼び止めた。
「ここに猫石がいたよね? 笑ってる顔の子。いなくなってるみたいなんだけど、何か――」
「知らない」
珠美が尋ね終える前に、男の子はそう答えた。
そして、にっと笑うと、そのまま店の中へ入っていった。
「ちょっと……私、本当に怖くなってきちゃったんだけど」
柑奈が三咲の腕をつかんだ。
昨日の帰りにはいた、三咲の近所の猫石。
そして、ほんの少し前までここにいた、笑顔の猫石。
もはや、偶然とは思えなかった。
蓮には、町のあちこちにいる猫石たちが、人の目を盗みながら少しずつ神社へ近づいているように思えてならなかった。




