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【単章版】その黒猫は、今夜も港で待っている。  作者: 幸円一
特別編:喋る黒猫

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第9話 ごめん。

 蓮は、弥太郎と並んで校庭を歩いていた。

 数歩後ろには、柑奈と三咲、珠美もいる。


「なあ、なんで分かったんだよ、蓮」

 弥太郎が尋ねた。つい数分前まで先生に怒られていたことなど、もう忘れてしまったような笑顔だった。

「そうそう。なんでなんで?」

 柑奈たちもすぐに距離を詰めてくる。蓮は少し考えてから口を開いた。


「弥太郎が言ってただろ。お母さんのお守りと、近づけるとくっつくって」

「ああ」

「だから、磁石が使われてるんじゃないかって思った」

「それで、さっき机とか調べてたの?」

 柑奈が尋ねる。

「ああ」

 答えたのは弥太郎だった。

「蓮がお守りの中に磁石が入ってるかもって言うから、磁石がくっつきそうなとこ探してたんだ。でも、どこにもなかった」

「じゃあ、なんで三角定規なの?」

 今度は珠美が尋ねる。

「逆かもしれないって思ったんだ」

「逆?」

「最初は、お守りの方に磁石が入ってて、どこかの鉄にくっついたんだと思ってた。でも――」

 蓮は少し間を置いた。

「どこかの磁石に、お守りの方がくっついたのかもしれないって」

 三人が揃って少し考えるような顔をした。


「それで、最近学校で見た磁石を思い出した」

「……三角定規?」

 三咲が言った。

「うん。あれ、黒板にくっついてただろ」

「でも、どうしてお守りが三角定規にくっついたの?」

 蓮は弥太郎を見る。

「あの日だけ、お守りをランドセルから外して、ポケットに入れてたんだよな」

「入れてた。ここに」

 弥太郎が胸ポケットへ手を当てる。蓮は頷いた。

「胸ポケットにお守りが入ったまま――」

「バリアー!」

 珠美が突然、大声を上げた。両腕を前へ出し、あの日三角定規を弥太郎に向かって突き出した男子と同じポーズをした。


「……そう。それ」

「そっか!」

 柑奈が声を上げた。

「弥太郎くんがカラフルになったとき!」

 三咲はそう言ったあと、あの瞬間を思い出したのかくすりと笑った。

「あ……」

 弥太郎もようやく気づいたらしい。

「たぶん、そのときに胸ポケットのお守りが三角定規の磁石に引っ張られて、そのままくっついたんだと思う。で、そのあと先生が……」

「職員室に持ってった」

 弥太郎が呟いた。

「うん。だから、いくら教室とか校庭を探しても見つからなかった。お守りは落ちたわけじゃなくて、三角定規にくっついたまま、先生も気づかないうちに教室から出ていってたんだ」

「なるほど……」

 三咲が感心したように呟く。

「私たち、あのとき全部見てたのにね」

 柑奈が言った。

「全然気づかなかった」

「私もだ。名探偵、一生の不覚」

 珠美が腕を組み、神妙な顔で頷く。


「蓮」

 弥太郎が蓮のランドセルを、ばん、と叩いた。

「お前、すげえな!」

「本当の探偵みたい」

 三咲も目を輝かせている。

「珠よりずっと名探偵だね」

 柑奈がそう言うと、珠美はちょっと悔しそうな顔で胸を押さえた。

「ぐっ……今回は勝ちを譲ってやろう」

 またみんなが笑った。


 その笑いが少し落ち着いたところで、弥太郎が改めて蓮を見た。

「……ありがとな、蓮」

「え?」

「お守り、見つけてくれて」

 さっきまでとは少し違う、照れくさそうな言い方だった。

「……うん」

 蓮が答えると、柑奈たちもどこかホッとしたように笑った。

 蓮は、この空気の中でなら言えるような気がした。


「あのさ」

「ん?」

「……この前は、ごめん」

 弥太郎が足を止めた。柑奈たちも少し遅れて立ち止まる。

「何が?」

「あんな言い方したこと。せっかく話しかけてくれてたのに」

 口に出してみれば、それだけだった。何日も言えずにいた言葉なのに、言ってしまえば驚くほど短かった。


 弥太郎は少し黙った。それから、頭を掻く。

「俺もごめん」

「え?」

 蓮は思わず弥太郎を見る。

「ちょっと、ぐいぐい行きすぎたかも。お前、あんまり話したくなさそうだったのに、毎日行ってたし」

「……でも、あんな言い方したのは俺だから」

「じゃあ、これでおしまいな」

 弥太郎が笑った。

「お互い、ごめんって言ったし」

「……うん」

 蓮も小さく笑った。胸の奥にずっと残っていたものが、ようやく少し軽くなった気がした。


「でもさ」

 弥太郎が急に声を落とす。

「ぐいぐいって言うなら、珠の方がやべえだろ」

 二人で珠美を見る。

「……うん。すごかった」

「ちょっと! どういう意味ー!?」

 珠美が大げさに両腕を振り上げた。それでまた、五人に笑い声が戻った。


 ひとしきり笑ったあと、柑奈がふと思い出したように蓮を見た。

「そういえば、宮坂くんって尾之浦のこと、どれくらい知ってるの?」

「尾之浦?」

 蓮は少し考えた。

「あんまり。家と学校と……あと、港くらいかな」

「それだけ?」

「だって、まだ来たばっかりだし」

 そう答えると、柑奈は何かいいことを思いついたように、ぱっと顔を明るくした。

「じゃあさ、今度みんなで案内するよ。ね?」

 柑奈が同意を求めるように振り返ると、三咲はすぐに笑って頷いた。

「うん。私も、宮坂くんに見せたいところあるかも」

「私はお薦め名所を紹介しよう」

 珠美が得意げに胸を張る。

「俺も連れていきたいとこある」

 弥太郎までそう言って笑った。突然のことで、蓮は少し戸惑った。けれど、嫌ではなかった。

「うん。いろんなとこ、見てみたい」

 小さく頷くと、柑奈が嬉しそうに笑った。


「でもさ、その『宮坂くん』っていうの、やめねえ? 蓮でいいじゃん。な?」

 そう言ってから、弥太郎が蓮を見る。

「うん」

 今度は迷わず頷いた。柑奈が少しだけ笑う。

「じゃあ……蓮くん」

 三咲も続いた。

「私も。よろしくね、蓮くん」

「じゃあ私は呼び捨てにしちゃお。よろしくね、蓮!」

「だから珠は、ぐいぐいしすぎなんだって!」


 その日の帰り道。蓮は四人と一緒に、校門から続く坂道を下った。くだらない話をして、何度も笑った。

 尾之浦へ来てから、帰り道がこんなに短く感じたのは、初めてだった。

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