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その黒猫は、今夜も港で待っている。  作者: 幸円一
特別編:喋る黒猫

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第7話 大事なもの。

「なくしたお守りのこと、詳しく教えてくれないか」


 朝、教室へ入ってすぐのことだった。

 一人でランドセルの中をごそごそと探していた弥太郎に蓮がそう言うと、弥太郎は呆気にとられたような顔をした。

「……え?」

 それきり、言葉が続かない。

 そうなるのも無理はないと、蓮自身が一番よく分かっていた。ついこの前、自分から話しかけるなと言ったような相手が、突然目の前にやってきたのだ。

 沈黙が長くなるほど、居心地は悪くなっていく。


「どんな形かとか、色とか」

 間に耐えられなくなり、蓮は続けた。

「ちゃんと知らないと、見つけても分からないから」

「教えてあげなよ、弥太」

 すぐ後ろから声がした。

 振り返ると、いつの間にか柑奈が立っていた。その隣には三咲もいる。

「探してくれる人は、一人でも多い方がいいもんね」

 三咲がそう言って笑った。

 弥太郎は何かを考えるように視線を落とした。それでも、なかなか口を開かない。


「ほら、ちゃんと教えてあげなって」

「分かってるよ」

 柑奈の言葉を遮るように、ようやく弥太郎が顔を上げた。

 蓮とは目を合わせないまま言う。

「青い布のお守り。そこに『弥太郎』って、刺繍で書いてある」

「……大きさは?」

「神社とかで売ってるやつより、ちょっと小さい」

「形は?」

「形は、だいたい神社のと同じ」

 蓮は頭の中で、その姿を思い浮かべる。

 青い布でできた、小さなお守り。表には、弥太郎という名前。


「最後に見たのは?」

「……なくなった日の朝」

 弥太郎は今度は少し考えてから答えた。

「いつもはランドセルの横に結んでるんだけど、紐が切れそうになっててさ。家を出るときに言われて気づいたから、その日はポケットに入れた」

「学校に来てからは?」

「わかんないけど、取り出してはない」

「じゃあ、朝から家に帰るまでのどこかでなくなったってことか」

「たぶん」

 蓮と弥太郎が話している間に、いつの間にか珠美までやってきていた。


「ふむふむ」

 わざとらしく頷きながら、手に持った小さなメモ帳を眺めている。

「何書いてんの?」

 柑奈が横から覗き込む。

「捜査記録です」

「ホントにちゃんと書いてる?」

「おっと、隊員とはいえこれは見せられないな」

「絶対書いてないでしょ」

 珠美と柑奈のやり取りを横目に、蓮はもう一度弥太郎を見る。

「ほかに、何か特徴とかないの?」

「特徴っていうか……」

 弥太郎が言いかけたそのとき、始業のチャイムが鳴った。


「あ、やば」

 柑奈が声を上げる。

「続きはまたあとでね、蓮くん!」

 珠美はそう言い残すと、自分の席へ駆けていった。

「なんで珠が仕切ってんだよ」

 弥太郎が呆れたように呟く。三咲も笑いながら自分の席へ戻り、柑奈もそのあとを追った。

 蓮と弥太郎だけが、その場に残る。

 一瞬、また二人の間に気まずい沈黙が落ちた。

「じゃあ……」

「おう」

 どちらからともなく会話を切り上げ、蓮も自分の席へ戻った。


   * * *


 次の休み時間には、結局、蓮の方から続きを聞きに行けなかった。

 聞きたいことはあった。けれど、さっきは柑奈たちがいたから話せただけのような気もした。一人で弥太郎のところへ行こうとすると、どうしても足が止まった。


 そうしているうちに午前の授業が終わり、昼休みになった。

 給食を食べ終え、蓮が自分の席で一息ついていると、

「蓮」

 突然名前を呼ばれ顔をあげると、弥太郎が立っていた。

「さっきの話の、続き」

「……うん」

 蓮もそれだけ答えた。

 弥太郎は少し周りを気にするように教室を見渡した。

「違うとこで話さねえ?」

「違うとこ?」

「ここだと、珠とか柑奈がうるせえから」

 弥太郎がちらりと視線を送る。給食を食べ終えた珠美が、柑奈と三咲のいる班のそばまで来て、何かを熱弁していた。


「分かった」

 蓮は立ち上がった。二人で教室を出る。

 弥太郎が向かったのは、昨日、蓮がお守りを探した校舎裏だった。そのまま歩き、校舎の端にある古い物置の裏へ回り込む。

 物置と校舎の間には、子どもなら入れるくらいの狭い隙間があった。ブロック塀が校庭側からの目隠しになっていて、人目にはつきにくくなっている。地面には小さな石が転がり、端には使われなくなった植木鉢がいくつか積まれている。

「こんなとこあったんだ」

「ここ、あいつら知らねえから」

 弥太郎が少し得意そうに笑った。

「たまに男子で隠れるんだよ」

「ふうん」


 二人は逆さにした植木鉢を椅子代わりにして、並んで座った。教室や校庭から聞こえてくる声が、ここでは少し遠く感じる。

 さっきまでは話を聞きたいと思っていたのに、いざ二人きりになると、蓮は何から尋ねればいいのか分からなくなった。


 先に口を開いたのは、弥太郎だった。

「なくしたお守りさ」

「うん」

「あれ、母ちゃんが作ったんだ」

 弥太郎の口から「母ちゃん」という言葉が出て、蓮の胸が小さく跳ねた。

「俺がまだ小学校に上がる前。母ちゃん、病院にいてさ」

 弥太郎は、足元へ視線を落とした。

「そのときに作ってくれたんだ。俺のと、母ちゃんのと。ふたつ」

「ふたつ?」

「うん。俺のは青で、母ちゃんのは赤」

 弥太郎は両手の指で、それぞれ小さなお守りをつまむような形を作った。

「こうやって近づけるとさ」

 左右の手をゆっくり近づけて、ぴたりと合わせる。

「くっつくんだ」

「くっつく?」

「うん。ぴたって」


 二つのお守りは、少しだけ作りが違っていて、近づけると布越しにくっついたのだという。弥太郎はそれが面白くて、病院へ行くたびに何度も二つを離しては、またくっつけて遊んだ。

「母ちゃんが退院したら、またくっつけようって言ってた」

 弥太郎はそう言って、少しだけ笑った。

「結局、それっきりになったけど」

 蓮は何も言えなかった。

 昨日、柑奈たちから話を聞いていたから、その先に何があったのかは分かっていた。それでも、弥太郎本人の口から聞くと、まるで違う話のように思えた。

 弥太郎はずっと父親や姉や祖父のことを、楽しそうに話していた。その陰に、こんな思い出があったことを、蓮は知らなかった。


「……大事なものなんじゃん」

 ようやく、それだけ言った。

「ああ。まあな」

 弥太郎は少し照れくさそうに笑った。

 蓮は膝の上で手を握る。

「……絶対、見つけよう」

 今度は弥太郎の顔を見て言った。

 弥太郎は少し驚いたように蓮を見る。

 それから、

「おう」

 笑って頷いた。


   * * *


 残った昼休みの時間、蓮は弥太郎と一緒に、もう一度お守りを探した。ただし、今度は昨日までとは探す場所が違った。


 ふたつのお守りは、近づけるとくっつく。蓮はその仕組みを考えた。


 ――磁石じゃないだろうか。


 お守りの中に磁石が入っていて、それでふたつがくっつく。

 それなら、地面や草むらだけを探していても見つからないかもしれない。どこかの、鉄でできた物にくっついている可能性がある。

 蓮と弥太郎は教室へ戻り、今度は机の脚や裏側を確かめた。廊下では、金属でできた棚の横や、階段の手すりを見る。掃除用具入れの扉にも手を伸ばした。


 けれど、青いお守りはどこにもなかった。

「こっちもねえ」

 弥太郎が机の下から顔を出す。

「……うん」

 蓮は立ち上がった。


 今度こそ見つかるかもしれないと思った。弥太郎から話を聞いて、それがどんな物なのかも分かった。今までとは違う場所を探す理由も見つけた。それなのに、見つからない。

 そのとき、昨夜の黒猫の声が頭に浮かんだ。


 ――探し物をするなら、まず、それがどんな物なのかを知れ。


 それはやった。弥太郎に聞いた。色も、形も、大きさも知った。ふたつを近づけると、くっつくことも。だから、磁石がくっつきそうな場所を探した。それでも、見つからない。

 蓮は唇を噛んだ。

 お守りを見つけられれば、今度こそ弥太郎に、あの日のことをちゃんと謝れるような気がしていた。だから、余計に悔しかった。


 ――分かったつもりで、勝手に決めつけるな。


「……決めつけるな」

 黒猫のもうひとつの言葉がふと頭に浮かび、蓮は小さく呟いた。

「え?」

 弥太郎が顔を上げる。蓮は答えず、考えた。


 自分は、何を決めつけている。

 二つのお守りがくっつく。だから、磁石が関係している。

 ここまではいい。では、そのあと。

 磁石だから、どこかの鉄にくっついた。

 そう考えた。でも――。


 蓮は顔を上げた。

 お守りの磁石が、何かにくっついたんじゃない。

 磁石に、お守りの方がくっついたとしたら?


「あ……」


 その瞬間。ここ数日の教室の光景が、蓮の頭の中を駆け抜けた。

「どうした?」

 弥太郎が尋ねる。蓮は答えず、質問で返した。

「お守りを最後に見た日の朝って、ランドセルから外して、ポケットに入れたんだよな?」

「ああ」

 弥太郎は少し考えてから頷いた。

「うん。間違いない」

 そう答えながら、弥太郎は胸元へ手をやった。


「……分かったかも」

「え?」


 その瞬間、昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴った。

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