第6話 探し物はなんですか。
翌日も、蓮は朝から独立部隊として学校の中を探していた。
独立部隊。昨日、珠美に勝手にそう任命されただけなのだが、なんとなく頭の中でもそう呼ぶことにしていた。
教室へ入る前に下駄箱の周りを見る。休み時間には、廊下の隅や階段の下を覗く。校庭へ出れば、植え込みの根元にも目を向けた。昨日探した場所も、もう一度見てみる。小さな物なら、誰かに蹴られて移動しているかもしれない。掃除のときに、机の下から別の場所へ転がっているかもしれない。そんなことを考えながら探した。けれど、それらしいものは見つからなかった。
「体育館の方もなかったー!」
昼休み、廊下の向こうから珠美の声が聞こえてきた。
「じゃあ次どこ探す?」
「うーん……」
お守り大捜索隊もまだ活動を続けているらしいが、昨日よりも少しだけ勢いがなくなっていた。
行けそうな場所を一つずつ潰して、それでも見つからない。さすがの珠美も、次にどこを探せばいいのか迷い始めているようだった。
弥太郎も、休み時間になるたび、自分の机やランドセルの中を確かめていた。
教科書を出して、中を見る。 筆箱をあける。ランドセルの底へ手を入れる。
もう何度も見たところなのだろう。それでも、何かの間違いでそこから出てくるのではないかと思っているようだった。
そんな弥太郎の様子を見るたびに、蓮もまた探した。
けれど、何も見つからなかった。
学校の中は広い。
教室も、廊下も、校庭もある。体育館も、花壇も、植え込みも、校舎の裏もある。昨日は帰り道まで探したと珠美が言っていた。
どこかにあるはずなのに、どこを見ればいいのか分からない。
蓮は窓際に立ち、校庭を眺めた。大捜索隊らしい何人かが、端の方の草むらを覗き込んでいるのが見える。
このまま同じように探していて、見つかるのだろうか。
そのとき、ふと思い出した。
夜の港にいる、あの黒猫のことを。
* * *
夕食を終えると、蓮はいつものように母親に一言声をかけて家を出た。
近道になる狭い路地を抜けて、海岸通りから港へ向かう。昼間は人の声や車の音で賑やかな道も、この時間になると静かだった。
港へ着くと、岸壁のところどころに灯りが点いていた。
係留された漁船は黒い影のように並び、その向こうには海を挟んで向かいの島の明かりが見えた。昼間ならそのさらに奥に連なる島々が見えるのだが、今は深い黒の向こうに隠れてしまっていた。
古びたベンチには、今日も黒猫がいた。前足を揃えて座り、海の方を見ている。蓮が近づいても振り返らなかった。
「よかった、いた」
「俺はいつもいる」
蓮はその隣へ腰を下ろした。ベンチの木は、夜露を吸ったように少し冷たかった。
黒猫が、ちらりとこちらを見る。
「今日は妙な顔をしているな」
「いつもと同じだよ」
「そうか。では、いつも妙な顔なのか」
「違う」
蓮が睨むと、黒猫は何食わぬ顔で前足を舐め始めた。
すぐに話そうと思って来たはずなのに、いざ隣へ座ると、なんとなく言い出しにくかった。
クラスメイトのお守りを探している。それが見つからなくて、猫に相談しに来た。改めて考えてみると、ずいぶん変な話だった。
海の向こうで、小さな船の灯りが一つだけ動いていた。蓮はそれを目で追ってから、ようやく口を開く。
「相談がある」
黒猫の前足が止まった。
「ほう」
金色の目が、蓮へ向く。
「猫に相談とは、ずいぶんと困っているようだな」
黒猫のしっぽがゆらりと動いた。
「クラスの奴が、物をなくしたんだ」
「ほう、何をなくした?」
「お守り」
「いつなくした」
「一昨日。たぶん」
「たぶん?」
「家に帰ったときには、なくなってたんだって」
「最後に持っていたのはいつだ?」
「……知らない」
「学校でなくしたのか? 帰り道か?」
「それも分からない」
黒猫は何も言わなかった。ただ、じっと蓮の顔を見ている。なんだか呆れられているような気がして、ちょっとだけムッとした。
「だから、みんなで探してるんだよ。学校とか、帰り道とか」
「見つかったか?」
「見つかってないから相談してるんだろ」
「それもそうだな」
黒猫は尻尾を一度だけ動かした。
「それで?」
「それでって?」
「どんなお守りだ」
「どんなって……お守りはお守りだろ」
「どんなものなのかときいている」
「お母さんの手作りなんだって」
「そういうことをきいてるんじゃない」
黒猫は短く鼻を鳴らした。
「いいか、レン。お守りというのは物の名前ではない」
「え?」
「それを持っている奴がお守りだと思っている物を、そう呼んでいるだけだ」
蓮は眉を寄せた。
「神社とかで売ってるだろ。布の袋みたいなやつ」
「もちろんそれもお守りだ。では、なくしたそのお守りもそうなのか?」
「……たぶん、そうなんじゃないの?」
「見たことがあるのか?」
蓮は口を閉じた。黒猫が目を細める。
「ないのか」
「……ない」
「では、何を探していたんだ?」
「お守り」
「……お前なぁ」
黒猫がため息を吐く。蓮は気まずくなって、少しだけ笑った。
昨日、三咲たちにも聞いた。
神社で売っているようなものなのか、と。けれど返ってきたのは、弥太郎の母親が手作りしたものだという答えだった。その答えの印象が強すぎて、その先を尋ねることを忘れていた。
色は知らない。大きさも知らない。どんな形をしているのかも、知らない。
考えてみれば、何一つ知らなかった。
「お守りだって、いろんな形がある。お前が想像したような布袋もあれば、木札のようなものもある」
「うん、確かに」
蓮は神社や寺で見たお守りのことを思い出して、頷いた。
「それ以外に目を広げれば、缶バッジや草花だって人によってお守りになる」
「石ころでも?」
「本人がそう思っているなら、お守りだ」
黒猫はあっさり答えた。
蓮は黙り込んだ。
二日も探していた。棚の下を覗いた。側溝も見た。草むらにも手を入れた。廊下に落ちている物を見るたびに、お守りかもしれないと思った。
けれど、そこに何が落ちていたら「見つけた」と言えるのか、それすら知らなかった。
「俺、何探してたんだろ」
「ようやく気づいたか」
黒猫は少し得意そうだった。
「まあ、今日はそれに気付けただけでも上々だ」
海面で揺れていた光が、波に合わせて細くなったり、ばらばらに千切れたりしている。それを眺めながら、なんだか自分が情けなくなって、蓮は膝を抱えた。
「仕方ない、大サービスだ」
黒猫は海を見たまま言った。
「探し物をするなら、まず、自分が何を探しているのか知れ。知っているつもりで、勝手に決めつけるな」
蓮は黙って考えた。
それは、言われてみれば当たり前のことだった。当たり前すぎて、考えもしなかった。みんなが「お守り」と呼んでいたから、自分もお守りを探しているつもりになっていた。けれど、自分の頭の中にあったのは、神社で売っているような袋のお守りでしかない。弥太郎がなくした物が、本当にそうなのかは知らない。
「お守りがどんなものか、俺は知らない」
「なら、知ればいい」
「どうやって?」
黒猫は、ちらりと蓮を見る。
「知らないなら、知っている奴に聞けばいい」
蓮は少し考えた。すぐに、一人の顔が浮かんだ。
「……弥太郎に?」
「そのお守りの持ち主なんだろう」
蓮は暗い海を見つめた。




