第5話 大捜索隊・独立部隊。
翌朝。
蓮が教室へ入ると、いつもとは少しだけ空気が違っていた。
弥太郎の周りに何人ものクラスメイトが集まっていること自体は、珍しくない。けれど、今日はいつものように笑って騒いでいるだけではないらしい。
何人かが弥太郎の机の周りに立ち、何かを話している。少し気になったが、蓮はそのまま自分の席へ向かった。
ランドセルを机の上へ置き、中から教科書や筆箱を取り出す。何となく耳を傾けてみたが、離れているせいで、何を話しているのかまでは聞き取れなかった。
「尾之浦一の名探偵、この御牧珠美が見つけてみせる!」
眼鏡をかけた女子――珠美の、やたらと大きな声だけはよく聞こえた。
この前、黒板に魔法陣を描いていた女子だ。名前くらいは、もう蓮も覚えていた。
「まずは密室トリックの謎を解き明かす!」
「密室は関係ないだろ」
誰かが突っ込み、弥太郎の周りで小さな笑いが起きる。相変わらず元気で、よく分からないことを言う奴だ。
蓮がそちらを見ていると、輪の中にいた三咲と目が合った。三咲は柑奈へ何かを言うと、二人でこちらへ歩いてくる。
何となく気まずくなり、蓮はランドセルの中へ目を戻した。もう取り出す物などほとんど残っていなかったが、意味もなく中を探る。
「宮坂くん、おはよう」
柑奈が声をかけた。
「おはよう」
三咲も続く。
「……おはよう」
蓮はランドセルをいじったまま答えた。
「弥太のお守りが、なくなっちゃったんだって」
蓮は手を止めた。
「お守り?」
「うん」
三咲が答える。
「弥太郎くん、いつも持ってるお守りがあるんだけど、昨日、家に帰ってからなくなってることに気づいたんだって」
「……そうなんだ」
蓮は弥太郎の方を見た。珠美が何かを大げさな身振りで話していて、その隣で弥太郎も笑っている。
少しだけ、気になった。昨日、母親のことを聞いたばかりだからかもしれない。けれど、やっぱり弥太郎本人のところへ行って、何があったのか尋ねるような気にはなれなかった。
「もしどこかで見つけたら、教えてあげて」
柑奈が言った。
「……分かった」
蓮が頷くと、柑奈と三咲は弥太郎たちのところへ戻っていった。
「というわけで、お守り大捜索隊を結成します!」
珠美が高らかに宣言した。
「いつの間にそういう話になったの?」
「隊長はもちろん私!」
「なんで珠なの」
「名探偵だからです」
「自分で言ってるだけじゃん!」
柑奈が突っ込み、また笑いが起こった。
弥太郎も笑っていた。けれど、いつもの笑い方とは少し違うような気がした。
* * *
その日は、気がつくと、お守りを探していた。
教室の後ろを通れば、棚の下へ目を向けた。廊下を歩けば、壁際や窓の下を見る。手を洗うときには、水道の下まで覗き込んだ。
もちろん、何も見つからなかった。
蓮だけではない。
休み時間になるたび、珠美率いる「お守り大捜索隊」も教室や廊下、校庭を探し回っていた。
「こっちはなーし!」
「下駄箱にもなかった!」
「次はどこ探す?」
そんな声が聞こえてきたが、どうやらそちらにも成果はないらしい。
蓮は捜索隊に混ざらなかった。頼まれたわけでもないし、自分から弥太郎のために探していると言うのも、何となく恥ずかしかった。
それでも、目につくところだけは探した。朝よりも、お守りのことが少し気になっていた。
そして放課後、蓮は校舎の裏手にいた。
今日、クラスの男子が話しているのを聞いたところでは、弥太郎たちは休み時間にこの辺りでもよく遊んでいるらしい。
大捜索隊が一度探したあとだということも知っていたが、自分でも一応見てみようと思ったのだ。
校舎の裏はあまり日が当たらず、校庭側よりも少しひんやりしていた。湿った土と苔、それに草木の匂いが混じっている。
蓮は壁際を歩きながら地面を見る。草むらにはない。校舎と地面の隙間にもない。側溝を覗き込んだが、落ち葉と泥が溜まっているだけだった。
少し先まで歩いてから、念のため、もう一度同じ側溝を覗き込む。
「あれ? 宮坂くん?」
急に後ろから声がして、蓮は肩を跳ねさせた。振り返ると、柑奈と三咲、それに珠美が立っていた。
「こんなところで何してるの?」
三咲が尋ねる。
「えっと……」
蓮は答えに詰まった。お守りを探していたということは、どうしても口に出しづらかった。
蓮が黙っていると、柑奈が地面と側溝を見て、それから蓮を見る。
「もしかして、弥太のお守り探してくれてたの?」
「あ……まあ、その……」
「そうなんだ!」
珠美が、ぱっと顔を明るくした。
「それなら……えっと、蓮くんだったよね? 君も大捜索隊に入ってよ!」
「え?」
「ただいま隊員絶賛募集中!」
珠美は笑顔で親指を立てた。
「珠、強引だよ」
三咲が苦笑する。
「そうだよ。宮坂くん、困ってるじゃん」
柑奈も笑いながら続いた。しかし珠美は二人の言葉など気にする様子もなく、蓮へ一歩近づいた。
「今、男子たちは校庭をもう一回探してるんだ。弥太のやつ、無駄に行動範囲が広いから大変なんだよ。学校の中はだいぶ見たから、このあとは帰り道も探そうって話になっててさ。落としたとしたら、学校から弥太の家までの間だと思うんだよね。蓮くんの家ってどっち? もし同じ方向なら――」
「珠」
三咲が珠美の肩へ手を置いた。
「一気に喋りすぎだよ」
「そう?」
「そう」
珠美はようやく口を閉じた。
蓮は、何と答えればいいのか分からないまま三人を見る。
「あの……俺は、別に」
「大捜索隊、入らない?」
珠美が首を傾げた。
「あ、いやその……」
自分でも、どういうわけなのか分からなかった。
みんなと一緒に探すのが嫌なわけではない。けれど、「弥太郎のために一緒に探そう」と輪の中へ入っていくには、まだ少しだけ勇気が足りなかった。
「じゃあ、独立部隊ってことで」
珠美が言った。
「独立部隊?」
「うん。我々とは別行動で捜査する秘密部隊」
「秘密なの?」
柑奈が笑う。あれよあれよという間に、蓮はよく分からない部隊の隊員にされてしまったらしい。
「何か見つけたら報告してね」
珠美が言った。
「情報共有は捜査の基本です。チンゲンサイね」
「ホウレンソウでしょ」
柑奈が突っ込むと、三咲が声を出して笑った。そのまるで漫才みたいなやりとりに、蓮もほんの少しだけ口元が緩んだ。
「何か聞いておきたいことある?」
珠美に尋ねられ、蓮は少し考えた。
「そのお守りって……神社とかで売ってるやつ?」
「ううん」
三咲が首を横に振る。
「弥太郎くんのお母さんが、作ったものなんだって」
「お母さんが?」
昨日聞いた話では、弥太郎の母親は弥太郎が小学校へ上がるより前に亡くなっている。その母親が作ったものなら、弥太郎にとって形見のような、大切なお守りなのだろう。
「弥太郎くん、笑ってるけど」
三咲が少し声を落とした。
「本当は、すごく困ってると思う」
「だから、絶対見つけるんだよ」
珠美が言った。さっきまでのふざけた調子とは少し違っていた。
「そのための大捜索隊なんだから」
柑奈も頷く。
「うん。見つかるまで探そ」
蓮は三人の顔を見てから、小さく頷いた。
「……うん」
少しだけ静かになったその空気を追い払うように、珠美がぱん、と手を叩いた。
「では独立部隊・蓮くん。他に質問は?」
「え?」
「捜査に必要なことなら、何でも聞きたまえ」
蓮は少し考えた。
それから、朝から一つだけ気になっていたことを尋ねる。
「……密室トリックは、もう解けたの?」
一瞬、三人とも黙った。
最初に吹き出したのは柑奈だった。
「だから密室は関係ないって!」
三咲も笑い、珠美は少しだけ悔しそうに眼鏡を押し上げる。
「そこは現在鋭意捜査中です」
「まだやってたの?」
また笑い声が上がった。
蓮も今度は、少しだけ声を出して笑った。




