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その黒猫は、今夜も港で待っている。  作者: 幸円一
特別編:喋る黒猫

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22/27

第5話 大捜索隊・独立部隊。

 翌朝。

 蓮が教室へ入ると、いつもとは少しだけ空気が違っていた。

 弥太郎の周りに何人ものクラスメイトが集まっていること自体は、珍しくない。けれど、今日はいつものように笑って騒いでいるだけではないらしい。

 何人かが弥太郎の机の周りに立ち、何かを話している。少し気になったが、蓮はそのまま自分の席へ向かった。

 ランドセルを机の上へ置き、中から教科書や筆箱を取り出す。何となく耳を傾けてみたが、離れているせいで、何を話しているのかまでは聞き取れなかった。


「尾之浦一の名探偵、この御牧みまき珠美たまみが見つけてみせる!」

 眼鏡をかけた女子――珠美の、やたらと大きな声だけはよく聞こえた。

 この前、黒板に魔法陣を描いていた女子だ。名前くらいは、もう蓮も覚えていた。

「まずは密室トリックの謎を解き明かす!」

「密室は関係ないだろ」

 誰かが突っ込み、弥太郎の周りで小さな笑いが起きる。相変わらず元気で、よく分からないことを言う奴だ。


 蓮がそちらを見ていると、輪の中にいた三咲と目が合った。三咲は柑奈へ何かを言うと、二人でこちらへ歩いてくる。

 何となく気まずくなり、蓮はランドセルの中へ目を戻した。もう取り出す物などほとんど残っていなかったが、意味もなく中を探る。


「宮坂くん、おはよう」

 柑奈が声をかけた。

「おはよう」

 三咲も続く。

「……おはよう」

 蓮はランドセルをいじったまま答えた。

「弥太のお守りが、なくなっちゃったんだって」

 蓮は手を止めた。

「お守り?」

「うん」

 三咲が答える。

「弥太郎くん、いつも持ってるお守りがあるんだけど、昨日、家に帰ってからなくなってることに気づいたんだって」

「……そうなんだ」

 蓮は弥太郎の方を見た。珠美が何かを大げさな身振りで話していて、その隣で弥太郎も笑っている。

 少しだけ、気になった。昨日、母親のことを聞いたばかりだからかもしれない。けれど、やっぱり弥太郎本人のところへ行って、何があったのか尋ねるような気にはなれなかった。


「もしどこかで見つけたら、教えてあげて」

 柑奈が言った。

「……分かった」

 蓮が頷くと、柑奈と三咲は弥太郎たちのところへ戻っていった。

「というわけで、お守り大捜索隊を結成します!」

 珠美が高らかに宣言した。

「いつの間にそういう話になったの?」

「隊長はもちろん私!」

「なんで珠なの」

「名探偵だからです」

「自分で言ってるだけじゃん!」

 柑奈が突っ込み、また笑いが起こった。

 弥太郎も笑っていた。けれど、いつもの笑い方とは少し違うような気がした。


   * * *


 その日は、気がつくと、お守りを探していた。

 教室の後ろを通れば、棚の下へ目を向けた。廊下を歩けば、壁際や窓の下を見る。手を洗うときには、水道の下まで覗き込んだ。

 もちろん、何も見つからなかった。

 蓮だけではない。

 休み時間になるたび、珠美率いる「お守り大捜索隊」も教室や廊下、校庭を探し回っていた。

「こっちはなーし!」

「下駄箱にもなかった!」

「次はどこ探す?」

 そんな声が聞こえてきたが、どうやらそちらにも成果はないらしい。


 蓮は捜索隊に混ざらなかった。頼まれたわけでもないし、自分から弥太郎のために探していると言うのも、何となく恥ずかしかった。

 それでも、目につくところだけは探した。朝よりも、お守りのことが少し気になっていた。


 そして放課後、蓮は校舎の裏手にいた。

 今日、クラスの男子が話しているのを聞いたところでは、弥太郎たちは休み時間にこの辺りでもよく遊んでいるらしい。

 大捜索隊が一度探したあとだということも知っていたが、自分でも一応見てみようと思ったのだ。

 校舎の裏はあまり日が当たらず、校庭側よりも少しひんやりしていた。湿った土と苔、それに草木の匂いが混じっている。

 蓮は壁際を歩きながら地面を見る。草むらにはない。校舎と地面の隙間にもない。側溝を覗き込んだが、落ち葉と泥が溜まっているだけだった。

 少し先まで歩いてから、念のため、もう一度同じ側溝を覗き込む。


「あれ? 宮坂くん?」

 急に後ろから声がして、蓮は肩を跳ねさせた。振り返ると、柑奈と三咲、それに珠美が立っていた。

「こんなところで何してるの?」

 三咲が尋ねる。

「えっと……」

 蓮は答えに詰まった。お守りを探していたということは、どうしても口に出しづらかった。

 蓮が黙っていると、柑奈が地面と側溝を見て、それから蓮を見る。

「もしかして、弥太のお守り探してくれてたの?」

「あ……まあ、その……」

「そうなんだ!」

 珠美が、ぱっと顔を明るくした。

「それなら……えっと、蓮くんだったよね? 君も大捜索隊に入ってよ!」

「え?」

「ただいま隊員絶賛募集中!」

 珠美は笑顔で親指を立てた。


「珠、強引だよ」

 三咲が苦笑する。

「そうだよ。宮坂くん、困ってるじゃん」

 柑奈も笑いながら続いた。しかし珠美は二人の言葉など気にする様子もなく、蓮へ一歩近づいた。

「今、男子たちは校庭をもう一回探してるんだ。弥太のやつ、無駄に行動範囲が広いから大変なんだよ。学校の中はだいぶ見たから、このあとは帰り道も探そうって話になっててさ。落としたとしたら、学校から弥太の家までの間だと思うんだよね。蓮くんの家ってどっち? もし同じ方向なら――」

「珠」

 三咲が珠美の肩へ手を置いた。

「一気に喋りすぎだよ」

「そう?」

「そう」

 珠美はようやく口を閉じた。


 蓮は、何と答えればいいのか分からないまま三人を見る。

「あの……俺は、別に」

「大捜索隊、入らない?」

 珠美が首を傾げた。

「あ、いやその……」

 自分でも、どういうわけなのか分からなかった。

 みんなと一緒に探すのが嫌なわけではない。けれど、「弥太郎のために一緒に探そう」と輪の中へ入っていくには、まだ少しだけ勇気が足りなかった。


「じゃあ、独立部隊ってことで」

 珠美が言った。

「独立部隊?」

「うん。我々とは別行動で捜査する秘密部隊」

「秘密なの?」

 柑奈が笑う。あれよあれよという間に、蓮はよく分からない部隊の隊員にされてしまったらしい。

「何か見つけたら報告してね」

 珠美が言った。

「情報共有は捜査の基本です。チンゲンサイね」

「ホウレンソウでしょ」

 柑奈が突っ込むと、三咲が声を出して笑った。そのまるで漫才みたいなやりとりに、蓮もほんの少しだけ口元が緩んだ。


「何か聞いておきたいことある?」

 珠美に尋ねられ、蓮は少し考えた。

「そのお守りって……神社とかで売ってるやつ?」

「ううん」

 三咲が首を横に振る。

「弥太郎くんのお母さんが、作ったものなんだって」

「お母さんが?」

 昨日聞いた話では、弥太郎の母親は弥太郎が小学校へ上がるより前に亡くなっている。その母親が作ったものなら、弥太郎にとって形見のような、大切なお守りなのだろう。


「弥太郎くん、笑ってるけど」

 三咲が少し声を落とした。

「本当は、すごく困ってると思う」

「だから、絶対見つけるんだよ」

 珠美が言った。さっきまでのふざけた調子とは少し違っていた。

「そのための大捜索隊なんだから」

 柑奈も頷く。

「うん。見つかるまで探そ」

 蓮は三人の顔を見てから、小さく頷いた。

「……うん」


 少しだけ静かになったその空気を追い払うように、珠美がぱん、と手を叩いた。

「では独立部隊・蓮くん。他に質問は?」

「え?」

「捜査に必要なことなら、何でも聞きたまえ」

 蓮は少し考えた。

 それから、朝から一つだけ気になっていたことを尋ねる。


「……密室トリックは、もう解けたの?」


 一瞬、三人とも黙った。

 最初に吹き出したのは柑奈だった。

「だから密室は関係ないって!」

 三咲も笑い、珠美は少しだけ悔しそうに眼鏡を押し上げる。

「そこは現在鋭意捜査中です」

「まだやってたの?」

 また笑い声が上がった。

 蓮も今度は、少しだけ声を出して笑った。

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