表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その黒猫は、今夜も港で待っている。  作者: 幸円一
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
14/17

第14話 猫石の、里帰り。

 最後の花火が夜空から消えると、海岸通りを埋めていた人々が一斉に動き始めた。駅へ向かう人。もう一度屋台へ戻る人。名残惜しそうに海を眺めている人。四人はそんな人の流れに逆らい、山の方角へ歩いていた。


「それで、丑寅守神社に行けばいいんだよな?」

 弥太郎が尋ねる。

「ああ。花火が終わったらみんなで来るように言われてる」

「珠もそこにいるの?」

 三咲が言った。

「たぶん」

「じゃあ、やっぱり彼氏じゃなくて猫石関係だったってことかぁ」

 柑奈が少し残念そうに言った。


 海岸通りを離れると、祭りの喧騒は少しずつ遠ざかっていった。

 もっとも、町が静けさを取り戻したわけではない。花火の余韻が残っているのか、道のあちこちから楽しそうな話し声が聞こえてくる。


「神社に猫石が集まってるんだってー!」

 突然、前方から大きな声が響いた。小学生くらいの男の子が二人、声を張り上げながら走ってくる。

「五十匹くらいいるらしいぞ!」

「今から猫石が会議するんだってー!」

 二人は花火を見終えた人々の間を縫いながら、何度も同じ言葉を繰り返していた。ただはしゃいでいるだけにしては、妙に声が大きい。すれ違う人たちの顔を見ながら、わざと周囲へ聞かせているようにも見えた。

「猫石が集まってる?」

 柑奈が、走り去る二人の背中を見つめた。

「それって……」

 三咲が蓮を見る。蓮は答えず、男の子たちの姿を目で追った。


 少し先では、別の子どもが両親の手を引いていた。

「早く行こうよ! いなくなった猫石もいるかもしれないんだって!」

「分かったから、そんなに引っ張らないで」

「早くしないと会議が終わっちゃうよ!」

 困ったように笑いながらも、両親は子どもに連れられ、丑寅守神社へ続く道へ入っていった。


「……あの子たち、わざと町の人に知らせてるのか」

 弥太郎も気づいたらしい。

「たぶん、これが計画の最後の仕上げなんだ」

 猫石を神社へ集めるだけではない。集まった猫石を、町の人たちに見てもらう。そのために、協力していた子どもたちが人を呼び集めているのだろう。


 四人も、その流れを追うように坂道を上っていった。

 神社へ近づくにつれて、再び人の声が大きくなってくる。子どもたちのはしゃぐ声。驚いた大人の声。いくつもの足音が、夜の山道に重なっていた。


 やがて、丑寅守神社へ続く石段が見えてくる。

 すでに大勢の人が、境内を目指して上っていた。四人もその後ろに続き、一段ずつ進んでいく。そして境内へ足を踏み入れた瞬間――四人は息を呑んだ。


「……すごい」


 拝殿の前に、猫石たちがいた。

 十匹や二十匹ではない。

 色も、形も、描かれた顔も違う猫石が、五十匹くらいはいるだろうか。境内の明かりを受けながら、大きな輪を作るように並んでいた。

 笑っている猫。怒ったように眉を寄せた猫。片目をつむった猫。身体に花や魚の模様が描かれた猫。

 どの猫石も輪の内側へ顔を向けている。まるで本当に、町中から集まった猫石たちが、これから夜の会議を始めようとしているようだった。


 周囲には、噂を聞きつけた町の人々が集まっていた。

 拝殿のそばでは、宮司が足元に気をつけるよう声をかけながら、ときおり子どもたちの質問に笑顔で答えている。

 自分の家にいる猫石を探す子ども。懐かしそうに眺める老人。猫石を指さしながら、隣にいる人と何かを話す大人たち。

 いつもは町の景色へ溶け込み、誰もわざわざ足を止めない猫石たちを、今夜だけは誰もが立ち止まって見つめていた。


「本当に、会議してるみたい……」

 三咲が小さく呟いた。

「ね。なんか、かわいいかも」

 柑奈はそう言って、微笑んだ。

「おーい!」

 聞き慣れた声がした。人垣の向こうで、浴衣姿の珠美が大きく手を振っている。四人の姿を見つけると、人の間を抜けて駆け寄ってきた。

「やっと来たね!」

「珠!」

 柑奈が珠美を指さした。

「彼氏じゃなかったんだ!」

「はい!? 何の話?」

「いつまで引っ張ってんだその話」

 弥太郎が突っ込むと、事情を知らない珠美以外の四人が笑った。 


「あっ」

 三咲が、輪の一角を指さした。そこには、白っぽい身体に淡い赤色の花柄模様が描かれた猫石がいた。

「この子、たぶん私が社務所で見た子だよ。花びらみたいな模様があって――」

「うん。それがラーメン『与一』にいた猫石」

 珠美が答えた。

「じゃあ、底に貼ってあった『ヨイチ』って……」

「猫石の名前じゃなくて、もともと猫石がいた場所のことだよ」

 蓮が言うと、三咲は納得したように頷いた。

「そういうことだったんだね」

「ほかの猫石にも、全部ついてるよ」

 珠美が、輪の中に並んだ猫石たちを見回した。

「借りた店の名前だったり、借りた家の名前だったり。ここへ集めたあと、どこへ返せばいいか分からなくならないようにね」


「じゃあ、本当に全部、持ち主から借りたものなのか?」

 弥太郎が尋ねる。

「もちろん。勝手に持ってきたものはないよ」

 珠美がそう言って頷いた。その言葉を受けて、蓮が続ける。

「子どものいる家では、その家の子が家族に計画を説明して猫石を連れ出したんだと思う。商店街の店には、薫さんが話を通したんだろうな」

 蓮がそこまで言うと、珠美が驚いた顔をした。

「すご! そこまでわかったの?」

 蓮は少しだけ得意げな顔をした。

「最初は薫さんと子どもたちで始めたみたい。宮司さんにも協力してもらって、少しずつ猫石を借りて、何度かに分けて神社へ運んでたんだって」

 珠美がそう説明すると、三咲が尋ねた。

「それで、珠美はいつから知ってたの?」


「勇斗たちが何か隠してるって気づいて、問い詰めたんだ」

「勇斗くんも関わってたんだ!?」

 柑奈が驚きの声を上げた。

「うん。でも、話を聞いたらすごく楽しそうな計画だったからさ。完成する前に秘密をばらすのも悪いと思って」

「本当に理由はそれだけか?」

「……みんなに話すより、計画に参加する方が楽しそうだと思ったから」

 珠美はぺろっと舌を出した。

「やっぱな。そんなことだろうと思ったよ」

 弥太郎が呆れたように言う。


「でも、じゃあ……」

 三咲は境内に並んだ猫石たちを見渡した。

「丸目の件も、何か関係してるの?」

「あー……」

 珠美が露骨に目をそらした。

「丸目は、ちょっと特殊な事情があってさ」

「特殊な事情?」

「その話は、また今度ちゃんとするから」

「なんだよ、それ」

「いろいろあるんだよ。こっちにも」

 珠美はごまかすように笑った。


「それじゃあ、これで猫石失踪事件は解決?」

 柑奈が尋ねた。

「誰が、どうやって猫石を動かしたのかについてはね」

「まだ何かあるの?」

「俺が、みんなに話してないことが一つある」

 三人だけでなく、珠美も蓮へ顔を向けた。


「ここで問題」

「出た、蓮のクイズ」

 弥太郎が笑う。

「猫石を作った人は?」

「蒲田桜将でしょ?」

 柑奈が迷わず答えた。

「正解。では、蒲田桜将の本当の名前はなんでしょう?」

「本当の名前?」

 弥太郎が眉を寄せる。

「え、蒲田桜将って本名じゃないの?」

 柑奈も驚いたように尋ねた。


「……そっか」

 三咲が小さく声を上げた。

雅号がごうなんだ」

「がごう?」

 弥太郎と柑奈の声がハモった。

「芸術家が名乗る……ペンネームみたいなもの、かな」

「そう、蒲田桜将は雅号で、本名じゃない」

 蓮は一度、言葉を切った。

「蒲田桜将の本名は――天童兼吉」

「天童……?」

 柑奈が、その名字を口にする。

「薫さんと同じ名字だ」

 弥太郎も気づいたらしい。

「天童兼吉は、薫さんのおじいさんだ」


「正解」

 突然聞こえた声に、五人は振り返った。

 灯籠の陰から、薫がひょこりと姿を現す。


 薫は蓮たちへ笑顔を向けると、境内に集まった猫石たちをゆっくりと見渡した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ