第14話 猫石の、里帰り。
最後の花火が夜空から消えると、海岸通りを埋めていた人々が一斉に動き始めた。駅へ向かう人。もう一度屋台へ戻る人。名残惜しそうに海を眺めている人。四人はそんな人の流れに逆らい、山の方角へ歩いていた。
「それで、丑寅守神社に行けばいいんだよな?」
弥太郎が尋ねる。
「ああ。花火が終わったらみんなで来るように言われてる」
「珠もそこにいるの?」
三咲が言った。
「たぶん」
「じゃあ、やっぱり彼氏じゃなくて猫石関係だったってことかぁ」
柑奈が少し残念そうに言った。
海岸通りを離れると、祭りの喧騒は少しずつ遠ざかっていった。
もっとも、町が静けさを取り戻したわけではない。花火の余韻が残っているのか、道のあちこちから楽しそうな話し声が聞こえてくる。
「神社に猫石が集まってるんだってー!」
突然、前方から大きな声が響いた。小学生くらいの男の子が二人、声を張り上げながら走ってくる。
「五十匹くらいいるらしいぞ!」
「今から猫石が会議するんだってー!」
二人は花火を見終えた人々の間を縫いながら、何度も同じ言葉を繰り返していた。ただはしゃいでいるだけにしては、妙に声が大きい。すれ違う人たちの顔を見ながら、わざと周囲へ聞かせているようにも見えた。
「猫石が集まってる?」
柑奈が、走り去る二人の背中を見つめた。
「それって……」
三咲が蓮を見る。蓮は答えず、男の子たちの姿を目で追った。
少し先では、別の子どもが両親の手を引いていた。
「早く行こうよ! いなくなった猫石もいるかもしれないんだって!」
「分かったから、そんなに引っ張らないで」
「早くしないと会議が終わっちゃうよ!」
困ったように笑いながらも、両親は子どもに連れられ、丑寅守神社へ続く道へ入っていった。
「……あの子たち、わざと町の人に知らせてるのか」
弥太郎も気づいたらしい。
「たぶん、これが計画の最後の仕上げなんだ」
猫石を神社へ集めるだけではない。集まった猫石を、町の人たちに見てもらう。そのために、協力していた子どもたちが人を呼び集めているのだろう。
四人も、その流れを追うように坂道を上っていった。
神社へ近づくにつれて、再び人の声が大きくなってくる。子どもたちのはしゃぐ声。驚いた大人の声。いくつもの足音が、夜の山道に重なっていた。
やがて、丑寅守神社へ続く石段が見えてくる。
すでに大勢の人が、境内を目指して上っていた。四人もその後ろに続き、一段ずつ進んでいく。そして境内へ足を踏み入れた瞬間――四人は息を呑んだ。
「……すごい」
拝殿の前に、猫石たちがいた。
十匹や二十匹ではない。
色も、形も、描かれた顔も違う猫石が、五十匹くらいはいるだろうか。境内の明かりを受けながら、大きな輪を作るように並んでいた。
笑っている猫。怒ったように眉を寄せた猫。片目をつむった猫。身体に花や魚の模様が描かれた猫。
どの猫石も輪の内側へ顔を向けている。まるで本当に、町中から集まった猫石たちが、これから夜の会議を始めようとしているようだった。
周囲には、噂を聞きつけた町の人々が集まっていた。
拝殿のそばでは、宮司が足元に気をつけるよう声をかけながら、ときおり子どもたちの質問に笑顔で答えている。
自分の家にいる猫石を探す子ども。懐かしそうに眺める老人。猫石を指さしながら、隣にいる人と何かを話す大人たち。
いつもは町の景色へ溶け込み、誰もわざわざ足を止めない猫石たちを、今夜だけは誰もが立ち止まって見つめていた。
「本当に、会議してるみたい……」
三咲が小さく呟いた。
「ね。なんか、かわいいかも」
柑奈はそう言って、微笑んだ。
「おーい!」
聞き慣れた声がした。人垣の向こうで、浴衣姿の珠美が大きく手を振っている。四人の姿を見つけると、人の間を抜けて駆け寄ってきた。
「やっと来たね!」
「珠!」
柑奈が珠美を指さした。
「彼氏じゃなかったんだ!」
「はい!? 何の話?」
「いつまで引っ張ってんだその話」
弥太郎が突っ込むと、事情を知らない珠美以外の四人が笑った。
「あっ」
三咲が、輪の一角を指さした。そこには、白っぽい身体に淡い赤色の花柄模様が描かれた猫石がいた。
「この子、たぶん私が社務所で見た子だよ。花びらみたいな模様があって――」
「うん。それがラーメン『与一』にいた猫石」
珠美が答えた。
「じゃあ、底に貼ってあった『ヨイチ』って……」
「猫石の名前じゃなくて、もともと猫石がいた場所のことだよ」
蓮が言うと、三咲は納得したように頷いた。
「そういうことだったんだね」
「ほかの猫石にも、全部ついてるよ」
珠美が、輪の中に並んだ猫石たちを見回した。
「借りた店の名前だったり、借りた家の名前だったり。ここへ集めたあと、どこへ返せばいいか分からなくならないようにね」
「じゃあ、本当に全部、持ち主から借りたものなのか?」
弥太郎が尋ねる。
「もちろん。勝手に持ってきたものはないよ」
珠美がそう言って頷いた。その言葉を受けて、蓮が続ける。
「子どものいる家では、その家の子が家族に計画を説明して猫石を連れ出したんだと思う。商店街の店には、薫さんが話を通したんだろうな」
蓮がそこまで言うと、珠美が驚いた顔をした。
「すご! そこまでわかったの?」
蓮は少しだけ得意げな顔をした。
「最初は薫さんと子どもたちで始めたみたい。宮司さんにも協力してもらって、少しずつ猫石を借りて、何度かに分けて神社へ運んでたんだって」
珠美がそう説明すると、三咲が尋ねた。
「それで、珠美はいつから知ってたの?」
「勇斗たちが何か隠してるって気づいて、問い詰めたんだ」
「勇斗くんも関わってたんだ!?」
柑奈が驚きの声を上げた。
「うん。でも、話を聞いたらすごく楽しそうな計画だったからさ。完成する前に秘密をばらすのも悪いと思って」
「本当に理由はそれだけか?」
「……みんなに話すより、計画に参加する方が楽しそうだと思ったから」
珠美はぺろっと舌を出した。
「やっぱな。そんなことだろうと思ったよ」
弥太郎が呆れたように言う。
「でも、じゃあ……」
三咲は境内に並んだ猫石たちを見渡した。
「丸目の件も、何か関係してるの?」
「あー……」
珠美が露骨に目をそらした。
「丸目は、ちょっと特殊な事情があってさ」
「特殊な事情?」
「その話は、また今度ちゃんとするから」
「なんだよ、それ」
「いろいろあるんだよ。こっちにも」
珠美はごまかすように笑った。
「それじゃあ、これで猫石失踪事件は解決?」
柑奈が尋ねた。
「誰が、どうやって猫石を動かしたのかについてはね」
「まだ何かあるの?」
「俺が、みんなに話してないことが一つある」
三人だけでなく、珠美も蓮へ顔を向けた。
「ここで問題」
「出た、蓮のクイズ」
弥太郎が笑う。
「猫石を作った人は?」
「蒲田桜将でしょ?」
柑奈が迷わず答えた。
「正解。では、蒲田桜将の本当の名前はなんでしょう?」
「本当の名前?」
弥太郎が眉を寄せる。
「え、蒲田桜将って本名じゃないの?」
柑奈も驚いたように尋ねた。
「……そっか」
三咲が小さく声を上げた。
「雅号なんだ」
「がごう?」
弥太郎と柑奈の声がハモった。
「芸術家が名乗る……ペンネームみたいなもの、かな」
「そう、蒲田桜将は雅号で、本名じゃない」
蓮は一度、言葉を切った。
「蒲田桜将の本名は――天童兼吉」
「天童……?」
柑奈が、その名字を口にする。
「薫さんと同じ名字だ」
弥太郎も気づいたらしい。
「天童兼吉は、薫さんのおじいさんだ」
「正解」
突然聞こえた声に、五人は振り返った。
灯籠の陰から、薫がひょこりと姿を現す。
薫は蓮たちへ笑顔を向けると、境内に集まった猫石たちをゆっくりと見渡した。




