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ヴァルハイム・プロトコル ―神代湊は平穏に生きられない―  作者: かたろーしゅ
第一章 再び響く角笛

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1話 追跡開始

2026/6/8 本文加筆

 偶然だった。


 そう片付けるには、あまりにも出来すぎている。


 だが神代湊にとって、それは完全な非日常ではなかった。


 危険は突然現れる。


 何の前触れもなく。


 何の脈絡もなく。


 それは昔から変わらない。


 だからこそ、湊は目の前の光景を冷静に見ていた。


 逃走車両は四台。


 先頭のメルセデス・ベンツEクラス。


 後方にアウディQ7。


 中央にハイエース。


 最後尾にもう一台のEクラス。


 役割が見える。


 先導。


 護衛。


 輸送。


 そして追跡妨害。


 無駄のない隊列だった。


 即席の犯行ではない。


 事前に準備された作戦行動。


「……」


 湊の視線はハイエースへ向いている。


 天城美月はあの中だ。


 昼間まで同じ教室にいた少女。


 新入生代表。


 そして――天城恒一の娘。


 ただの誘拐では済まない。


 そう判断するには十分だった。


 車列は既に移動を開始している。


 判断に迷う時間はない。


 湊は静かにWRXを発進させた。


 急加速はしない。


 距離を取る。


 近すぎれば気付かれる。


 遠すぎれば見失う。


 その中間。


 視界に収まり続ける位置を選ぶ。


 追跡は、見つからないことが最優先だ。


 右手でステアリングを操作しながら、左手で通信端末を操作する。


 発信先は一人。


 立花エマ。


 数秒後。


 呼び出し音が流れる。


 だが応答はない。


 もう一度。


 同じ。


 さらにもう一度。


 結果は変わらなかった。


「……会議中か」


 小さく呟く。


 内閣情報調査室国際情報部長。


 いつでも連絡が取れる相手ではない。


 まして平日の夕方だ。


 重要案件を抱えていても不思議ではなかった。


 湊は通話を切る。


 判断は早い。


 今必要なのは報告ではない。


 現場だ。


 車列を見失えば終わる。


 情報は後からでも伝えられる。


 だが位置情報だけは今しか手に入らない。


 エンジン音がわずかに変わる。


 黒いWRXは一定の距離を保ちながら追跡を続けた。


 車列は首都高速方面へ向かっている。


 ルートに迷いはない。


 逃走経路は既に決められているのだろう。


 湊は前方から目を離さない。


 車列。


 速度。


 車間距離。


 周囲の交通量。


 必要な情報だけを頭の中へ積み上げていく。


 感情は後回しだった。


 今はまだ追跡段階。


 助けるにも、止めるにも、まず居場所を掴まなければならない。


 夕暮れの道路を、四台の車列が走る。


 そのさらに後方。


 誰にも気付かれない距離で、黒いWRXが静かに追い続けていた。

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