1話 日常の終わり
2026/6/8 本文大幅加筆
放課後。
校門前にはまだ生徒たちの姿が残っていた。
部活動へ向かう者。
友人と談笑しながら駅へ向かう者。
それぞれの日常が、ゆっくりと帰路へ流れていく。
天城美月もまた、その一人だった。
学園の駐車場へ足を向ける。
そこには見慣れた車が停まっていた。
白のレクサスLS。
天城家の送迎車だ。
運転席から男性が降りる。
黒いスーツ。
整った身だしなみ。
無駄のない動作。
長年見慣れた人物だった。
「お疲れ様です、お嬢様」
「お疲れ様です」
美月は微笑みながら鞄を渡す。
男は丁寧に受け取った。
いつも通りの光景。
何も変わらない日常。
そのまま後部座席へ乗り込む。
ドアが閉まる。
車内には静かな空調音だけが流れていた。
レクサスはゆっくりと走り出す。
校門を抜ける。
見慣れた街並みが窓の外を流れていく。
だが。
しばらくして美月は小さく首を傾げた。
見慣れない道だった。
「今日はルート違うんですね」
何気なく聞く。
運転席の男はバックミラー越しに視線を向けた。
「少々迂回いたします」
「渋滞ですか?」
「……そのようなものです」
返答が僅かに遅れた。
それだけだった。
本当にそれだけ。
だが胸の奥に小さな違和感が残る。
窓の外を見る。
住宅街が消えていた。
代わりに増えていくのは倉庫と工場。
人通りも少ない。
夕暮れの色が濃くなり始めている。
「この辺でしたっけ?」
再び尋ねる。
返事はない。
美月が視線を上げる。
その瞬間だった。
レクサスが減速する。
前方。
道路を塞ぐように停車する黒い車両。
一台。
二台。
三台。
そして四台。
運転手が舌打ちした。
それを美月は初めて聞いた。
「え……?」
車が停止する。
直後。
左右から複数の男たちが現れた。
黒い服装。
統一された動き。
迷いがない。
運転手がドアを開ける。
「下がってください!」
鋭い声だった。
いつもの穏やかな口調ではない。
美月の心臓が大きく跳ねる。
何かがおかしい。
いや。
もう、おかしいでは済まない。
男たちが車へ殺到する。
ガラス越しに視線が合う。
知らない顔。
知らない人間。
そして明確な敵意。
「まさか――」
言葉が最後まで続かなかった。
後部ドアが強引に開かれる。
腕を掴まれる。
「離して!」
反射的に抵抗する。
だが力が違いすぎた。
体が浮く。
地面へ引きずり出される。
叫び声は途中で塞がれた。
数秒。
本当に数秒だった。
そのまま近くに停まっていたハイエースへ押し込まれる。
扉が閉まる。
エンジン音が重なる。
まるで訓練された部隊のような動きだった。
◇
その頃。
神代湊は倉庫街へ差しかかっていた。
帰宅途中だった。
ただそれだけだった。
視界の端に不自然な車列が映る。
反射的に速度を落とす。
「……?」
違和感。
説明はできない。
だが本能が警告していた。
路肩へ寄せる。
エンジンを切る。
静寂。
窓越しに状況を確認する。
白のレクサス。
周囲を囲む複数の車両。
統制された動き。
制圧。
搬送。
撤収。
全てが速すぎる。
そして。
ハイエースへ押し込まれる少女の顔が見えた。
「天城……」
昼間まで同じ教室にいた少女。
天城美月。
間違いない。
湊の視線が逃走車両を追う。
ハイエース。
アウディQ7。
メルセデスEクラス二台。
役割分担まで見える。
護衛。
妨害。
輸送。
素人ではない。
数秒。
状況を整理する。
結論は一つだった。
誘拐。
そして。
訓練された組織による犯行。
湊は静かにエンジンを始動する。
急発進はしない。
距離を取る。
視界から消えない位置。
だが気付かれない位置。
それを選ぶ。
黒いWRXがゆっくりと動き出した。
神代湊の追跡が始まる。
ご拝読ありがとうございます。
感想やコメント、リアクションをいただけると励みになります。
引き続きよろしくお願いします。




