1話 いつもの放課後
2026/6/8 本文大幅加筆
放課後の校舎は、少しずつ静けさを取り戻し始めていた。
授業を終えた生徒たちは、それぞれ部活動や帰宅のために散っていく。
賑やかだった教室も、今は人の気配がまばらだった。
昇降口付近では、数人の女子生徒たちが談笑している。
その中心にいるのは天城美月だった。
「天城さん、今日も迎え来るんでしょ?」
「うん。たぶんもう着いてると思う」
美月は苦笑しながら答えた。
「毎日ちゃんと来るのすごくない?」
「しかも時間ぴったりだよね」
「遅れてるの見たことないかも」
女子生徒たちが感心したように言う。
すると別の生徒が肩をすくめた。
「まぁ、そこは天城家だし」
「あー、確かに」
「さすが防衛大臣の娘」
「元、ね」
すぐに別の声が訂正する。
「あれ? 今は違うんだっけ?」
「もう何年も前だよ」
「ニュース見なよ〜」
小さな笑いが起きた。
誰も悪意で言っているわけではない。
この学校では政治家や官僚、大企業経営者の子供は珍しくない。
だからこそ、そうした話題も特別扱いにはならないのだ。
「でもさ」
一人の女子生徒が言った。
「天城さんってあんまりそういう感じしないよね」
「分かる」
「もっとお嬢様っぽいの想像してた」
「それ失礼じゃない?」
美月が笑う。
すると周囲もつられて笑った。
「だって普通なんだもん」
「普通に話してくれるし」
「生徒会長とかやってそうな雰囲気なのに」
「それ褒めてる?」
「たぶん」
また笑いが起きる。
美月は肩を竦めた。
「別に特別じゃないよ」
その言葉は本心だった。
少なくとも本人はそう思っている。
だからこそ周囲も、それ以上は踏み込まない。
聖鳳学園には暗黙の了解がある。
親の肩書きと本人は別だ。
必要以上に踏み込まない。
それがこの学校の距離感だった。
そんな中、一人の女子生徒がふと思い出したように口を開く。
「そういえばさ」
「ん?」
「最近この辺ちょっと物騒じゃない?」
数人が反応する。
「あー、聞いたことある」
「駅前で変な人見たとか?」
「夜はあんまり歩かない方がいいって親に言われた」
「この辺って治安良いイメージだったんだけどね」
何気ない世間話だった。
誰も深刻には受け取っていない。
「まぁ、この学校ちょっと特殊だし」
誰かが冗談めかして言う。
「実は誰か狙われてたりして」
一瞬だけ沈黙。
だがすぐに笑い声が上がった。
「ないない」
「ドラマじゃないんだから」
「映画の見過ぎでしょ」
「いいなぁ」
別の女子生徒が楽しそうに言う。
「もし誘拐されたら、イケメンが助けに来てくれないかな」
「何その願望」
「絶対助からないやつじゃん」
周囲が笑う。
美月も思わず吹き出した。
「それはちょっと嫌かな」
「えー」
「助けてくれる人がイケメンでも?」
「まず誘拐されたくないし」
もっともな返答だった。
再び笑いが広がる。
それは本当に他愛のない放課後の会話だった。
誰も気に留めない。
誰も深く考えない。
ただの冗談。
ただの雑談。
だからこそ――
その数十分後に起こる出来事を、誰一人として予想していなかった。
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