1話 教室の喧騒1
2026/6/8 本文大幅加筆
入学式を終えた新入生達は、それぞれの教室へ向かっていた。
一年A組。
聖鳳学園高等部の中でも、特に優秀な生徒が集められるクラスだと説明を受けている。
もっとも、湊にとってはあまり興味のない話だった。
教室の扉を開く。
瞬間。
いくつもの視線が集まった。
「……」
理由は分かる。
髪だ。
プラチナブロンド。
染色ではない天然の髪色。
日本人ばかりの教室ではどうしても目立つ。
「すごい……」
「あの髪、本物かな」
「モデルみたい」
小さな声が聞こえる。
慣れていた。
昔からそうだった。
だから気にしない。
湊は窓際後方の席へ向かい、静かに腰を下ろした。
周囲はまだ落ち着かない。
内部進学組は友人同士で集まり、久しぶりの再会を楽しんでいる。
外部入学組はどこか居場所を探しているようだった。
そんな中。
「神代くん!」
聞き覚えのある声が飛んだ。
天城美月だった。
教室中央付近。
既に多くの生徒に囲まれている。
「同じクラスですね」
「ああ」
「良かったです」
それだけの会話だった。
だが周囲は少し驚いた顔をしていた。
美月の方から声を掛けたからだ。
本人は全く気付いていない。
「美月ー!」
「こっち来て!」
「春休みの話まだ聞いてない!」
次々と声が飛ぶ。
美月は困ったように笑った。
「順番ね」
その一言で周囲が大人しくなる。
自然な人望だった。
湊はその様子を見ながら思う。
自分とは違う人間だ、と。
人の輪の中心にいる人間。
自然と人を惹き付ける人間。
神代湊にはないものだった。
そんなことを考えていると、近くから声が掛かった。
「なあ」
振り向く。
男子生徒だった。
短髪で人懐っこそうな顔をしている。
「隣いいか?」
「ああ」
男子生徒は前の席へ腰を下ろした。
そして改めて湊を見る。
「やっぱすごいな、その髪」
「そうか」
「本物?」
「本物だ」
「へぇ……」
本気で感心しているらしい。
「俺、佐伯悠人。よろしく」
「神代湊だ」
「おう!よろしくな!」
思わず笑いが漏れた。
湊も少しだけ口元を緩める。
その後も何人かの生徒が話しかけてきた。
出身校。
趣味。
好きな教科。
ありふれた会話ばかりだ。
だが湊にとっては新鮮だった。
敵でもない。
監視対象でもない。
利害関係もない。
ただの同級生との会話。
そんな経験はほとんどなかった。
◇
チャイムが鳴った。
教室の空気が少しだけ引き締まる。
生徒達が慌てて席へ戻る。
そして。
教室の扉が開いた。
「おはよ〜ございま〜す」
妙に間延びした声だった。
入ってきた女性を見て、生徒達がざわつく。
若い。
綺麗。
そしてどこか頼りない。
そんな第一印象だった。
女性は教壇へ向かう途中で立ち止まる。
「あれぇ?」
首を傾げる。
教室が静まった。
「……?」
生徒達が不思議そうに見守る。
「出席簿忘れたかと思ったら持ってました〜」
腕に抱えていた出席簿を見て笑う。
一瞬。
教室が静まり返る。
そして次の瞬間。
笑い声が上がった。
「よかったですねー」
誰かが言う。
「ありがと〜」
ひまりは嬉しそうに頷いた。
天然だった。
「改めまして〜」
教壇へ立つ。
柔らかい笑顔。
警戒心を抱かせない声。
「今日から一年A組の担任になりました〜」
一拍置いて。
「小鳥遊ひまりで〜す」
教室から拍手が起きた。
「担当は現代文です〜」
「よろしくお願いしまーす」
生徒達も楽しそうに返す。
第一印象はかなり良いらしい。
だが湊だけは知っている。
目の前の女性が。
国家機関の分析システムを運用し。
複数言語を操り。
テロ組織の資金経路を追跡し。
海外サーバーへ侵入する人間だということを。
「……」
どう考えても同一人物に見えなかった。
ひまりは出席簿を開く。
「じゃあまずは自己紹介からかな〜」
そう言って教室を見渡した。
その視線が一瞬だけ湊を捉える。
本当に一瞬だった。
だが。
湊には分かった。
あの笑顔の奥で、ひまりはきちんと周囲全体を観察している。
天然に見える。
頼りなく見える。
しかしそれは表面だけだ。
少なくとも湊はそう知っていた。
そして一年A組の最初のホームルームが始まろうとしていた。
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