1話 入学
2026/6/8 本文大幅加筆
# 第3話 入学式
神代湊と天城美月は並んで講堂へ向かっていた。
校内には既に多くの生徒と保護者の姿がある。
その中を歩く美月へ、次々と声が飛んだ。
「美月!」
「あ、おはよう」
「久しぶり!」
「春休みどうだった?」
「普通かな」
「絶対普通じゃないでしょ」
楽しそうな笑い声が広がる。
美月はそのたびに立ち止まり、笑顔で応じていた。
慣れた様子だった。
無理もない。
彼女は中等部からの内部進学組だ。
六年間を共に過ごしてきた友人達が大勢いる。
「人気者なんだな」
湊が言う。
美月は少し照れたように笑った。
「ほとんど中等部からの持ち上がりだから」
「なるほど」
「六年も一緒にいると自然とこうなるんです」
そう言いながらも、周囲の生徒達との距離感はどこか特別だった。
ただの人気者ではない。
信頼されている。
そんな印象を受ける。
やがて講堂が見えてきた。
大勢の生徒と保護者が出入りしている。
その光景を見て、湊は僅かに目を細めた。
警備員。
警備カメラ。
警備導線。
視線は自然とそちらへ向く。
完全に職業病だった。
「神代くん?」
「何だ」
「さっきから何を見てるんですか?」
「周囲だ」
「どうして?」
「癖だ」
美月は首を傾げた。
意味はよく分からないが、それ以上は聞かなかった。
講堂へ入る。
その瞬間、美月が小さく息を呑んだ。
「すごい……」
無理もない。
広大な講堂。
重厚な内装。
最新設備。
そして何より保護者席の顔ぶれが異様だった。
政治家。
中央省庁の官僚。
企業経営者。
外交官。
警察幹部。
自衛隊関係者。
普通の高校の入学式ではまず見ない光景だ。
しかし聖鳳学園ではそれが当たり前だった。
日本の中枢を担う人間達の子息や令嬢が集まる学校。
それが聖鳳学園である。
「うちの父も来てるんだ」
「本当に?」
「午前だけ予定空けたらしい」
「すごいじゃん」
近くからそんな会話が聞こえる。
別の場所では。
「お父様、こっちです」
保護者を案内する生徒の姿も見えた。
政治家や企業経営者の親が出席すること自体は珍しくないらしい。
そんな中。
「そういえば美月」
友人の一人が言った。
「天城議員は?」
一瞬だけ周囲が静かになった。
美月は慣れた様子で微笑む。
「今日は来られないみたい」
「やっぱり?」
「うん。重要な会議が入ったって」
「あー……」
誰も驚かない。
むしろ納得したような反応だった。
天城恒一。
元防衛大臣。
現在は安全保障政策の中核を担う人物。
常に国家規模の案件へ関わる人間だ。
入学式より優先される仕事があることを、周囲も理解していた。
「いつものことだから」
美月はそう言って笑う。
その笑顔は自然だった。
慣れているのだろう。
けれど。
ほんの一瞬だけ。
少し寂しそうにも見えた。
「寂しくないのか」
湊が聞く。
美月は驚いたように瞬きをした。
「え?」
「父親だろう」
数秒だけ考える。
そして小さく笑った。
「寂しくないって言ったら嘘かな」
その言葉に飾りはなかった。
「でも仕方ないよ」
「そうか」
「仕事だもん」
理解している。
納得している。
だからこそ、それ以上は何も言わない。
そんな諦めにも似た大人びた感情がそこにはあった。
◇
やがて入学式が始まる。
理事長挨拶。
来賓挨拶。
聖鳳学園の歴史と伝統。
卒業生達の功績。
日本を支える人材を育成するという理念。
内容はどれも立派だった。
そして。
「続きまして、新入生代表挨拶」
司会の声が講堂へ響く。
「新入生代表、天城美月さん」
講堂が僅かにざわめいた。
美月が立ち上がる。
姿勢は綺麗だった。
緊張している様子もない。
堂々と壇上へ上がる。
マイクの前へ立つ。
「新入生代表、天城美月です」
よく通る声だった。
落ち着いている。
堂々としている。
原稿を読むだけではない。
一つ一つの言葉を自分の言葉として語っている。
講堂が静まり返る。
誰もが耳を傾けていた。
数分後。
挨拶が終わる。
自然と拍手が起こった。
湊も拍手する。
内容ではない。
技術だった。
あれだけの人数を前にして平然と話す精神力。
それだけで十分評価に値する。
壇上から降りてきた美月は、先ほどまでと変わらない笑顔だった。
だが湊は理解した。
彼女はただ政治家の娘なのではない。
本人自身もまた、聖鳳学園の新入生代表に選ばれるだけの人間なのだと。
◇
入学式が終わる。
新入生達が立ち上がり、一斉に移動を始めた。
掲示板前には既に人だかりができている。
「クラス発表ですね」
「ああ」
二人も人の流れに加わる。
掲示板へ近づく。
そこにはクラス分けが貼り出されていた。
「ありました」
美月が指差す。
一年A組。
その欄に。
神代湊。
天城美月。
二つの名前が並んでいた。
「あ」
美月が小さく声を上げる。
「同じクラスですね」
「ああ」
短く返す。
だが美月は少し嬉しそうだった。
入学初日に話せる相手がいる。
それだけで安心できる。
「よろしくお願いします、神代くん」
美月が微笑む。
湊は少しだけ間を置き。
「ああ、よろしく」
そう答えた。
神代湊の高校生活は、静かに動き始めていた。
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