2話 ブリーフィング
内閣情報調査室。
地下駐車場へ停められた車から降りた湊は、職員の案内で会議室へ向かっていた。
廊下を歩く。
すれ違う職員達が僅かに視線を向ける。
だが誰も声はかけない。
前回の埠頭事件以降。
神代湊という名前は、内調の中でもある程度知られる存在になっていた。
案内された会議室の扉が開く。
中には既に数人が集まっていた。
エマ。
ひまり。
そして。
「来たか」
九条迅だった。
学校で見る柔らかな笑顔はない。
淡々とした表情。
完全に監視官の顔だった。
湊は席へ向かう。
「九条」
「今回は同じ任務だ」
迅は短く言った。
「勘違いするな」
「監視だ」
「そうか」
湊はそれだけ返した。
迅は僅かに眉をひそめる。
だが何も言わなかった。
その時だった。
「あら♡」
聞き慣れない声が響く。
湊が振り向く。
そこには一人の女性がいた。
長身。
整った顔立ち。
どこか中性的な美しさを持つ人物。
警察関係者らしいスーツ姿。
そして妙に目立つ存在感。
「あなたが湊ちゃん♡?」
初対面だった。
だが妙に距離が近い。
「神代です」
「あらぁ♡」
女性は楽しそうに笑った。
「湊ちゃんの方が可愛いじゃない♡」
沈黙。
湊は何と返していいか分からなかった。
「隊長」
隣にいた小柄な女性がため息を吐く。
「困らせないでください」
ショートカットの女性だった。
真面目そうな顔立ち。
警察関係者だろうか。
「紹介するわ」
エマが口を開いた。
「SAT隊長。霧島蓮司」
女性が胸に手を当てる。
「霧島蓮司よ♡」
柔らかく微笑む。
「でもみんなからは蓮って呼ばれてるの♡」
「湊ちゃんもそう呼んでね♡」
当然のように言った。
湊は数秒沈黙した。
「……分かりました」
「あら♡」
蓮は満足そうに笑った。
「いい子ね♡」
「隊長」
隣の女性が再びため息を吐く。
「真面目にしてください」
「あら、真琴ちゃんひどい♡」
「SAT副隊長です」
綾瀬真琴は湊へ軽く頭を下げた。
「よろしくお願いします」
形式的な挨拶。
湊も軽く会釈を返す。
「みんな揃ったわね」
エマがモニターを起動した。
室内の空気が変わる。
仕事の時間だった。
スクリーンに横浜港の航空写真が表示される。
「今回の目標は李文龍」
顔写真が映る。
「黒龍会幹部」
「二日後、横浜港で取引を行う可能性が高い」
エマはリモコンを操作する。
画面が切り替わる。
複数の建物。
複数のポイント。
そして赤く塗られた場所が一つ。
「狙撃地点候補は三十二ヶ所」
ひまりが説明を引き継ぐ。
「でも実際に使えるのは一ヶ所だけですぅ」
次々と候補が消されていく。
「ここは射線が不安定」
「ここは敵に近すぎますぅ」
「ここは確保部隊が遠すぎますぅ」
全て却下。
最後に残ったのは一つだった。
建設中の高層ビル。
「ここですぅ」
ひまりが指し示す。
「距離約二千メートル」
室内が静まる。
「唯一、確保作戦が成立する狙撃地点ですぅ」
ひまりは続けた。
「最近建設が始まったビルなので、敵の警戒も比較的薄いと予想されますぅ」
蓮が口笛を吹いた。
「二千メートルねぇ♡」
真琴も少しだけ眉を上げる。
普通なら不可能な距離だった。
しかし。
誰も異論を唱えない。
神代湊が撃つのだから。
「目標は確保」
エマが言う。
「可能なら生け捕りを優先して」
そして一瞬だけ視線を落とした。
「……できれば、射殺は避けたい」
小さな本音。
会議室に沈黙が落ちる。
「甘いわね」
蓮だった。
だが責める口調ではない。
「相手は黒龍会よ♡」
「分かってるわ」
エマも即答する。
「それでもよ」
蓮は数秒だけエマを見た。
そして肩を竦める。
「そういう所、嫌いじゃないわ♡」
エマは何も返さなかった。
代わりに資料を切り替える。
「状況次第では射殺命令へ変更される可能性がある」
「その場合は改めて指示する」
迅が静かに頷いた。
誰も反論しない。
それが国家の判断だった。
作戦開始まで残り二日。
本格的な準備が始まろうとしていた。
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