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ヴァルハイム・プロトコル ―神代湊は平穏に生きられない―  作者: かたろーしゅ
第一章 再び響く角笛

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2話 召集

 会議が終わった後も、室内には重い空気が残っていた。


 防衛大臣、東雲隆弘は最後まで表情を崩さなかった。


「気に入らん」


 退室間際。


 それだけを言い残す。


「だが、決まった以上は失敗は許さん」


 短い言葉だった。


 誰に向けたものかは分からない。


 だが、その場にいた全員が受け取った。


 東雲が退室する。


 それに続いて各省庁の幹部たちも席を立った。


 警察省。


 防衛省。


 公安調査庁。


 海上保安庁。


 それぞれが次の準備へ移っていく。


 会議室に残ったのは、エマとひまりだけだった。


「……決まりましたねぇ」


 ひまりが資料を抱えながら呟く。


 いつもの間延びした声。


 だが、その表情は少しだけ重かった。


「神代くん、呼ぶんですかぁ?」


 エマはすぐには答えなかった。


 大型モニターには、まだ李文龍の写真が映っている。


 黒龍会。


 横浜港。


 二日後。


 狙撃任務。


 その全てが、湊をまた戦場へ引き戻す理由になっていた。


「……ええ」


 ようやく答える。


 声は静かだった。


 だが、ひまりには分かる。


 エマは今、かなり嫌そうな顔をしていた。


「部長」


「何」


「そんな顔しないでくださいよぉ」


「してないわ」


「してますぅ」


 即答だった。


 エマは小さく息を吐く。


「分かってるの」


 資料を閉じる。


「今回、神代湊以上の適任者はいない」


「それは理解してる」


 声が少しだけ低くなる。


「でも」


 その先は言葉にならなかった。


 ひまりもそれ以上は言わない。


 エマが何を言いたいのか分かっていたからだ。


 使いたくない。


 戦わせたくない。


 それでも、呼ばなければならない。


 今のエマに許されている選択肢は、それだけだった。


「……連絡するわ」


 エマは端末を手に取った。



 その頃。


 私立聖鳳学園。


 放課後の教室には、まだ数人の生徒が残っていた。


 湊は鞄に教科書をしまい、帰り支度をしていた。


 その時、スマートフォンが震える。


 画面を見る。


 立花エマ。


 湊はすぐに通話ボタンを押した。


「もしもし」


 数秒。


 返事がなかった。


「エマさん?」


 ようやく、声が聞こえた。


『ごめんなさい』


 第一声がそれだった。


 湊は僅かに眉を動かす。


「何かありましたか」


『……本当にごめんなさい』


 エマの声は、いつもより少しだけ柔らかく、そして重かった。


『また、あなたを呼ぶことになった』


 湊は黙って続きを待つ。


『黒龍会という組織が動いているわ』


『目標は李文龍』


『二日後、横浜港から出国する可能性が高い』


『その前に取引が行われる』


 エマは簡潔に説明する。


『作戦には、あなたの狙撃能力が必要になる』


 湊は一切表情を変えなかった。


「分かりました」


 返答は早かった。


「協力します」


 通話の向こうで、エマが息を呑む気配がした。


『……そう』


 短い沈黙。


『ありがとう』


「いつ向かえばいいですか」


『今から来られる?』


「はい」


『詳しい話は内調で説明するわ』


「分かりました」


 通話が切れる。


 湊はスマートフォンをしまい、鞄を持った。


 周囲の生徒たちは、誰もその会話の意味を知らない。


 ただ、神代湊が静かに教室を出て行く姿だけを見ていた。



 内閣情報調査室。


 国際情報部長室。


 エマは通話を終えた端末を机に置いた。


「来ますかぁ?」


 ひまりが尋ねる。


 エマは即答した。


「来るわ」


 迷いのない答え。


 だからこそ、ひまりは何も言えなかった。


「断らないもの」


 エマは小さく呟く。


 それは信頼ではなかった。


 むしろ、痛みだった。


 神代湊は断らない。


 命令されれば動く。


 必要だと言われれば戦う。


 それが当然だと思っている。


 そのことが、エマにはどうしようもなく悲しかった。


「部長」


「何」


「神代くん、気付きませんよぉ」


 エマは少しだけ目を伏せた。


「分かってるわ」


 分かっている。


 湊は気付かない。


 自分がどんな顔で彼を呼んだのか。


 自分がどんな思いで謝ったのか。


 きっと何も分からない。


 それでも。


 呼ぶしかなかった。


 エマは立ち上がる。


「ブリーフィングの準備を」


「了解ですぅ」


 ひまりが資料を抱え直す。


 その声はいつも通りだった。


 だが、部屋の空気は重いままだった。

ご拝読ありがとうございます。

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