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ヴァルハイム・プロトコル ―神代湊は平穏に生きられない―  作者: かたろーしゅ
第一章 再び響く角笛

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2話 家族の食卓

 夕食を終える頃には、すっかり日も落ちていた。


 茂木家の賑やかな時間はあっという間だった。


 佳成は相変わらず車の話しかしないし。


 萌夏は最初から最後まで喋りっぱなしだった。


 萌はそのたびに呆れていたし。


 みゆきは終始楽しそうに笑っていた。


 気付けば随分長居してしまっていた。


「じゃあ、そろそろ帰ります」


 席を立つと、


「おう!」


 佳成が即答した。


「クロエも待ってるぞ!」


「WRXです」


「クロエだ」


「WRXです」


「クロエだ」


 いつものやり取りだった。


 萌夏が吹き出す。


「また始まった」


「毎回これなんですか?」


「毎回だよ」


 萌が呆れたように答える。


「飽きないんですか?」



「「飽きない」」



 佳成と湊の声が重なった。


「なんでそこだけ仲良いの!?」


 萌夏が笑う。


 そんなやり取りをしながら玄関へ向かう。


 湊が靴を履こうとした時だった。


「なあ」


 佳成が声を掛けた。


「湊」


「はい?」


 佳成は頭を掻く。


 少しだけ言いづらそうな顔。


「ちょっと付き合え」


「?」


「工場までだ」


 その言葉に萌夏が首を傾げた。


「何?」


「何の話?」


「内緒だ」


 佳成が笑う。


「ちょっと男同士の話だ」


「えー」


 萌夏が不満そうな声を上げる。


「気になるじゃん」


 萌も少し首を傾げた。


 すると。


「二人とも」


 みゆきが穏やかに声を掛ける。


「ちょっと待ってましょうね」


 柔らかな笑顔。


 だが有無を言わせない圧がある。


「あなた」


 みゆきは佳成を見る。


「お見送りする時に呼んでね」


「ああ」


 佳成が頷く。


 萌夏はまだ不満そうだった。


「絶対何かあるじゃん」


「ないない」


「嘘だ」


「嘘じゃない」


「パパ絶対嘘ついてる」


 佳成が目を逸らした。


「ほら」


「分かりやすい」


 萌夏が呆れる。


 その横で萌がため息を吐いた。


「放っておけばいいでしょ」


「気にならないの?」


「ならない」


「絶対気になってる」


「気にならない」


 いつもの姉妹喧嘩が始まる。


 みゆきは楽しそうに笑った。


「あらあら」


「じゃあ行ってらっしゃい」


 佳成は軽く手を振る。


「おう」


 そして湊へ視線を向けた。


「行くぞ」


「はい」


 二人は居住スペースを出る。


 賑やかな声が少しずつ遠ざかる。


 工場へ続く扉を開ける。


 油の匂い。


 機械の匂い。


 昼間とは違う静かなガレージ。


 先ほどまでの家族の空気とは少し違う。


 職人の場所だった。


 佳成は何も言わず歩く。


 湊も黙って後ろを付いていく。


 工場の出口近く。


 照明に照らされた青いWRXの前で佳成が足を止めた。


 ポケットから煙草を取り出し、火を点ける。


 赤い火が夜の中で揺れた。


「なあ、湊」


「はい?」


 その声色で。


 これからの話が、さっきまでの雑談とは違うものだと分かった。


「クロエな」


「WRXです」


「クロエだ」


 即答だった。


 だが今回はそこで終わらない。


 佳成は煙を吐き出した。


「運ばれてきた時の状態、見た」


 湊は何も言わない。


「まあ、詳しいことは聞かねぇ」


 佳成は肩を竦めた。


「立花さんから多少聞いてるしな」


「お前が普通じゃないことも」


「面倒なこと抱えてることも」


「なんとなくは分かる」


 数秒の沈黙。


「でもな」


 佳成はWRXへ視線を向ける。


「あれは無茶し過ぎだ」


 静かな声だった。


「見りゃ分かる」


「俺は整備士だからな」


 煙草の火が赤く灯る。


「萌は見てない」


「でも見てたら気付いてたぞ」


「それくらいだった」


 湊は視線を落とした。


 否定はできない。


 あの日、自分は確かに無茶をした。


「危ねぇことするな」


 佳成はそう言いかけて。


「……いや」


 自分で首を振った。


「無理か」


 苦笑する。


「どうせ聞かねぇだろ」


 湊も少しだけ笑った。


 否定できなかった。


「だろ?」


 佳成は笑う。


 そして少しだけ真面目な顔になった。


「だったら」


 煙草を指で挟みながら言う。


「帰って来い」


 湊が目を瞬く。


「帰って来る?」


「ああ」


 佳成は当然のように答えた。


「クロエも」


 そして。


「お前もだ」


 夜風が吹いた。


「壊れたら直してやる」


 整備士らしい言葉だった。


「それが俺の仕事だからな」


 湊は少しだけ言葉に詰まる。


 何と言えばいいのか分からなかった。


 こんな言葉を掛けられた経験がほとんどない。


 だから。


「……はい」


 それしか言えなかった。


 佳成は満足そうに頷く。


「よし」


 そして次の瞬間。


「あと」


「?」


「クロエ泣かすな」


 数秒の沈黙。


「車は泣きません」


「泣く」


「泣きません」


「泣く」


「泣きません」


「泣く」


 結局いつものやり取りに戻った。


 その時。


 居住スペースの扉が勢いよく開く。


「終わったー!?」


 萌夏だった。


「待ちくたびれたんだけど!」


「お前待てって言っただろ!」


「だって気になるじゃん!」


 後ろから萌も出てくる。


「だから言ったでしょ」


「放っとけって」


 みゆきもゆっくり歩いてきた。


「あらあら」


「終わったのね」


 佳成は苦笑する。


「盗み聞きしてただろ」


「してないよ?」


「してないです」


「してませんよ?」


 三人とも目を逸らした。


 全員分かりやすかった。


 湊は思わず小さく笑う。


 それを見て萌夏が嬉しそうに言った。


「あ、また笑った」


 みゆきも微笑む。


「その顔の方が素敵よ、湊さん」


 少しだけ居心地が悪い。


 だが嫌ではなかった。


「また来ます」


 自然に出た言葉だった。


 佳成が笑う。


「おう」


「いつでも来い」


 萌夏が手を振る。


「今度はもっと早く来てくださいね!」


 萌は少しだけ視線を逸らしながら言った。


「……点検もありますし」


 みゆきは柔らかく微笑む。


「いつでも歓迎するわ」


 低く響くボクサーサウンド。


 WRXはゆっくりと夜の道へ走り出した。


 バックミラーの中で。


 茂木家の四人は見えなくなるまで手を振り続けていた。

今日はマジで頑張った褒めてほしい…

これからもう少し日常回が続くよ!

次は学校パートですお楽しみに


ご拝読ありがとうございます。

感想やコメント、リアクションをいただけると励みになります。

引き続きよろしくお願いします。

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