2話 茂木家の食卓
茂木家の居住スペースは工場の奥にあった。
町工場の二階によくある住居。
そう聞けば狭い家を想像するかもしれない。
だが実際は違う。
佳成が車より家族を優先した数少ない結果だった。
広いリビング。
大きなダイニングテーブル。
温かみのある照明。
どこにでもある普通の家庭。
ただし一つだけ違う。
壁の至る所に車の写真が飾られていた。
「パパ」
萌が呆れた声を出す。
「また写真増えてる」
「当然だろ」
佳成が胸を張った。
「クロエのベストショットだからな」
「勝手に飾るのやめて」
「家族写真だぞ?」
「車だから」
即答だった。
そんなやり取りを聞きながら湊は席に着く。
目の前には料理が並んでいた。
ハンバーグ。
サラダ。
スープ。
煮物。
唐揚げ。
妙に豪華だった。
「今日は豪勢ですね」
思わず口から漏れる。
みゆきが笑った。
「あらあら」
「湊さんが来るって聞いたから少し頑張ったの」
「少し?」
萌が首を傾げる。
「ママ、昼から仕込んでたよね」
「気のせいよ」
「絶対気のせいじゃない」
萌夏も頷く。
「ママ朝から張り切ってたもん」
「湊さん来るからって」
「萌夏」
「はい」
「余計なこと言わない」
「はーい」
全く反省していなかった。
佳成が腕を組む。
「ちなみに俺も手伝ったぞ」
一瞬静かになる。
萌。
萌夏。
みゆき。
三人が顔を見合わせた。
「皿運んだだけじゃん」
萌夏が言う。
「フォーク並べた」
萌が言う。
「冷蔵庫から飲み物持ってきただけよね?」
みゆきが追撃した。
「共同作業だろ!?」
佳成が叫ぶ。
「夫婦の絆だぞ!?」
「あなた」
みゆきが優しく微笑む。
「だったら今度は洗い物お願いね」
佳成が固まった。
「みゆきさん」
「何かしら?」
「それは別問題では?」
「同じ問題よ」
佳成が沈んだ。
萌夏が爆笑する。
「パパ弱っ!」
「娘よ!」
「何?」
「パパを敬え!」
「キモい」
即死だった。
湊は思わず吹き出しそうになる。
それを見た萌夏が目を輝かせた。
「あ!」
全員の視線が集まる。
「今笑いましたよね?」
「いや」
「笑った!」
「笑ったね」
萌まで頷いている。
「珍しい」
「そうか?」
「珍しいですよ」
萌が言った。
「湊さん、あんまり表情変わらないですし」
そう言われて初めて気付く。
確かに最近、こんな風に笑った記憶がない。
「それじゃ」
みゆきが手を叩いた。
「冷める前に食べましょう」
「いただきます」
声が重なる。
食事が始まった。
数分後。
「そういえば」
萌夏が唐揚げを頬張りながら口を開く。
「湊さんって彼女いるんですか?」
全員が止まった。
湊も止まった。
佳成も止まった。
萌は箸を落としそうになった。
「萌夏」
みゆきが笑顔のまま言う。
「何?」
「そういうことは初対面で聞かないの」
「初対面じゃないじゃん」
確かにその通りだった。
「で?」
萌夏が身を乗り出す。
「いるんですか?」
「いない」
即答だった。
「ですよねー!」
なぜか嬉しそうだった。
佳成も頷く。
「安心した」
「何がですか」
「なんとなくだ」
適当だった。
「パパ絶対気になってたよね」
「気になってない」
「気になってた」
「気になってない」
「気になってた」
親子喧嘩が始まる。
その横で萌がため息を吐いた。
「ほんとくだらない」
「お姉ちゃんは?」
萌夏がニヤリと笑う。
「何が?」
「気にならないの?」
「何が?」
「湊さんの彼女」
萌が固まった。
「別に」
「ふーん」
「別に」
「ふーん」
「何その反応」
「別に?」
「別にだから」
「顔違うじゃん」
「違わない」
「違う」
「違わない」
今度は姉妹喧嘩だった。
佳成が頷く。
「パパには分かる」
「分からなくていい」
萌が即答した。
みゆきが笑う。
「あらあら」
いつものことらしい。
食卓には笑い声が絶えなかった。
くだらない話ばかりだった。
誰かがボケて。
誰かが突っ込んで。
また笑って。
話題は次々と変わっていく。
そんな光景を見ながら。
湊は静かに箸を動かしていた。
温かい。
そう思った。
料理ではない。
この空気が。
この時間が。
何故か心地良かった。
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