2話 特務官1
2026/6/8 1話目前半を大幅に加筆し、全体的に修正しました!
大きく展開は変えていませんが、お時間あれば読み返してみてください。
恥ずかしながら友人に見せて意見をいただきました…w
読者様方からも気になる点等ございましたらご指摘ください。
引き続き、ヴァルハイム・プロトコルをお楽しみください。
内閣情報調査室本部。
地下会議区画。
防音処理が施された会議室には、重苦しい空気が漂っていた。
長机を囲むのは内閣情報調査室、防衛省、警察庁、公安調査庁の幹部たち。
普段であれば国家安全保障や国際情勢について議論される場所だ。
だが今日の議題は違う。
一人の少年だった。
正面の大型モニターには顔写真が表示されている。
神代湊。
十八歳。
私立聖鳳学園高等部一年。
外部入学。
そして――元ヴァルハイム被験者。
「それでは始めます」
司会役を務める内調幹部が口を開いた。
「議題は神代湊の今後の処遇についてです」
その言葉を待っていたかのように、一人の男が資料を手に立ち上がる。
公安出身の幹部だった。
「私から発言します」
机に資料が置かれる。
「結論から申し上げましょう」
男はモニターを見上げた。
「神代湊は危険すぎる」
会議室が静まり返る。
「今回の事件において彼が成果を挙げたことは認めます」
「しかし我々が議論すべきなのは成果ではない」
「危険性です」
男は資料をめくった。
「元テロ組織ヴァルハイムによる人体強化実験の被験者」
「常人を大幅に上回る身体能力」
「高度な戦闘訓練を修了」
「実戦経験多数」
「さらに本人ですら能力の全容を把握していない可能性がある」
男は周囲を見渡した。
「私は断言します」
「彼は国家が管理できる範疇を超えています」
重い沈黙。
男は続ける。
「外国情報機関に狙われる可能性も高い」
「テロ組織の残党が接触を試みる可能性もある」
「仮に暴走した場合、被害は計り知れません」
そして。
「今ならまだ事故として処理できます」
空気が張り詰めた。
「処分を提案します」
その言葉に反応したのは防衛省側だった。
「反対です」
即答だった。
防衛省の幹部が資料を机へ置く。
「危険だから処分する」
「そんな発想だから人材不足になるのです」
公安側が眉をひそめる。
しかし男は構わず続けた。
「今回の誘拐事件で何人の捜査員が動いたと思っている」
「どれだけの時間と予算が投入されたと思っている」
モニターへ映像が表示される。
首都高での追跡。
湾岸部での戦闘。
誘拐事件の解決。
「彼はそれを一晩で終わらせた」
「単独で、です」
会議室が静まり返る。
「この能力を失うなど国家的損失です」
「再教育を施し、運用するべきでしょう」
「対テロ作戦」
「特殊任務」
「海外協力作戦」
「いくらでも活用方法はあります」
「却下です」
低い声が割って入った。
立花エマだった。
全員の視線が集まる。
「彼は高校生です」
防衛省幹部が肩を竦めた。
「十八歳なら十分でしょう」
「今から育成すれば――」
「違う」
エマが遮る。
「彼はようやく学校へ通い始めたんだ」
声は静かだった。
だが確かな怒りが滲んでいる。
「それをまた戦場へ戻せと言うのか」
「立花部長」
防衛省幹部がため息を吐く。
「感情論は――」
「感情論ではない」
エマは睨み返した。
「彼は人間だ」
「兵器じゃない」
沈黙。
だが公安側が口を開く。
「一般人が武装組織を壊滅させますか?」
「今回の結果を見れば明らかでしょう」
「彼は普通ではない」
エマは反論できなかった。
普通ではない。
それは事実だった。
だからこそ腹立たしい。
処分派は危険物として見る。
活用派は兵器として見る。
どちらも同じだ。
神代湊という人間を見ていない。
議論はさらに熱を帯びていく。
「処分すべきだ」
「活用すべきだ」
「危険すぎる」
「貴重な戦力だ」
会議室の空気が険悪になったその時。
扉が開いた。
「失礼する」
たった一言。
それだけで空気が変わった。
数名の幹部が思わず立ち上がる。
「天城先生……」
ゆっくりと会議室へ入ってきた男は七十近い年齢にも関わらず背筋が伸びていた。
天城恒一。
元防衛大臣。
国家安全保障戦略顧問。
日本の安全保障政策を築いた男。
そして立花エマの恩師。
「呼ばれてはいない」
天城は空席へ腰を下ろした。
「だが来てはいけなかったか?」
誰も答えられない。
「続けてくれ」
会議が再開される。
だが主導権は既に移っていた。
天城は資料を眺める。
そして静かに尋ねた。
「確認したい」
「今回の事件で神代湊は国家から命令を受けていたか?」
「……いいえ」
「報酬は?」
「受け取っていません」
「なるほど」
天城は頷いた。
「ではなぜ戦った?」
誰も答えない。
答えられない。
天城は資料を閉じた。
「答えは簡単だ」
静かな声。
「助けを求める人間がいたからだ」
会議室が静まり返る。
「諸君」
天城は周囲を見渡した。
「我々はいつから、人命を救った少年を裁く組織になった?」
誰も口を開けない。
「危険だから殺す」
「有用だから使う」
「結構」
天城は続ける。
「だがその前に聞きたい」
「君たちは神代湊本人と話したことがあるのか」
沈黙。
誰もない。
「そうだろうな」
天城は小さく頷いた。
「諸君が見ているのは兵器だ」
「危険物か、あるいは戦力」
「だが私が見たのは違う」
そして。
「人を助けるために命を懸けた一人の少年だ」
重い沈黙。
天城はさらに続けた。
「彼は現在、私立聖鳳学園に在籍している」
数人の幹部が顔を上げる。
「聖鳳学園」
「諸君も知っているだろう」
「将来この国を背負う者たちが集う場所だ」
官僚。
外交官。
政治家。
企業経営者。
警察幹部。
自衛隊幹部。
「ならば彼もまた、その中で生きるべきだ」
「兵器としてではない」
「一人の学生としてな」
そして最後に言った。
「処分は認めん」
処分派が黙る。
「だが放置も認めない」
活用派も黙った。
「そこで提案だ」
配布された資料を掲げる。
「神代湊を内閣情報調査室附とする」
ざわめきが広がる。
天城は最後の一文を読み上げた。
「役職名は――特務官」
会議室が静まり返った。
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