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ヴァルハイム・プロトコル ―神代湊は平穏に生きられない―  作者: かたろーしゅ
第一章 再び響く角笛

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1話 天城救出作戦8

 二号倉庫。


 天城美月は椅子へ拘束されたまま俯いていた。


 手首。


 足首。


 固く食い込む拘束具。


 長時間同じ姿勢を強いられたせいで感覚がおかしい。


 肩が痛い。


 手首も痛い。


 足先の感覚も鈍い。


 それでも。


 痛みを感じるだけまだましなのかもしれない。


 もっと恐ろしいことはいくらでも想像できた。


 倉庫内には男たちがいる。


 見張り。


 護衛。


 そして現場責任者。


 首都高で何かが起きたらしい。


 断片的な会話だけが耳に入る。


 警戒。


 見張り増員。


 入口封鎖。


 理由は分からない。


 だが空気だけは伝わってくる。


 何かがおかしい。


 何かが近付いている。


 そんな張り詰めた空気だった。


 美月は唇を噛む。


 怖い。


 助かるのだろうか。


 父は気付いているだろうか。


 誰か探してくれているのだろうか。


 それとも。


 誰も気付いていないのだろうか。


 考えたくない想像ばかりが浮かぶ。


 その時だった。


 突然。


 倉庫の外から携帯電話の着信音が鳴った。


 あまりにも場違いな音。


 倉庫内の空気が止まる。


 男たちが顔を上げた。


 責任者も視線を向ける。


 数秒。


 誰も動かない。


 そして。


 怒鳴り声が響いた。


「裏だ!!」


 空気が変わる。


 責任者が立ち上がる。


「確認しろ!」


「入口見ろ!」


「武器持て!」


 男たちが一斉に動き出す。


 拳銃。


 無線。


 足音。


 怒号。


 何が起きたのか分からない。


 だが。


 明らかに異常だった。


 美月は息を呑む。


 そして。


 倉庫の外から音が聞こえた。


 何かがぶつかる音。


 誰かが倒れる音。


 短い悲鳴。


 次の瞬間には静かになる。


 また音。


 また静寂。


 それが何度も繰り返される。


 不自然だった。


 男たちも気付いている。


 緊張がさらに増していく。


「何やってんだ……」


 誰かが呟く。


 返事はない。


 そして。


 倉庫入口。


 全員が振り向いた。


 美月も顔を上げる。


 そこに立っていた人影を見て。


 思考が止まった。


 学生服。


 同じ制服。


 見覚えのある顔。


「……え」


 声が漏れる。


 信じられなかった。


 そこにいたのは。


 神代湊だった。


 今日。


 入学式で同じクラスになったばかりの少年。


 窓際の席にいた。


 無口で。


 どこか近寄りがたい雰囲気のクラスメイト。


 その神代湊が。


 なぜか倉庫の中に立っていた。


(なんで……)


(神代くんが……)


 意味が分からない。


 状況も分からない。


 だが男たちの反応だけは理解できた。


 全員が警戒している。


 武器を向けている。


 敵として見ている。


 そして。


 神代湊が動いた。


 一瞬だった。


 誰かが叫ぶ。


 誰かが倒れる。


 また一人。


 さらに一人。


 美月には何が起きたのか分からない。


 ただ。


 気付けば男たちが床に転がっていた。


 映画のワンシーンみたいだった。


 現実感がない。


 理解が追いつかない。


 目の前で起きているのに。


 頭が拒絶する。


 やがて。


 責任者だけが残る。


 拳銃が抜かれる。


 神代湊が踏み込む。


 二人の距離が消える。


 殴る。


 避ける。


 組み合う。


 そして。


 責任者の身体が荷物の山へ吹き飛んだ。


 木箱が砕ける。


 ラックが倒れる。


 大きな音が響く。


 終わった。


 そう思った。


 だが違った。


 責任者が立ち上がる。


 荷物の中から黒い銃を引き抜く。


 次の瞬間。


 轟音。


 連続する発砲音。


 火花。


 破片。


 粉塵。


 倉庫の空気が一変する。


「――っ」


 身体が強張る。


 怖い。


 当たる。


 死ぬ。


 そう思った。


 だが。


 神代湊は倒れない。


 いない。


 さっきまでいた場所に。


 次に見えた時には別の場所にいる。


 また消える。


 また現れる。


 まるで影だった。


 そして。


 責任者の悲鳴が響く。


 銃が床へ落ちる。


 勝負が決まる。


 そこでようやく。


 美月は理解した。


 神代湊は偶然ここにいるわけじゃない。


 逃げ込んできたわけでもない。


 迷い込んだわけでもない。


 違う。


 最初から。


 ここへ来るつもりだった。


 自分を探して。


 自分を助けるために。


(助けに……来てくれたんだ)


 胸の奥が熱くなる。


 安心。


 安堵。


 そして。


 説明できない感情。


 その全てが混ざり合う。


 だが。


 状況は終わらない。


 責任者が無線機を掴む。


「二号倉庫だ!!」


 怒鳴る。


「全員来い!!」


 倉庫の外から足音が響く。


 一つ。


 二つ。


 三つ。


 さらに増える。


 怒号。


 無線。


 武器を持って走る音。


 大勢だ。


 明らかに大勢。


 美月の顔から血の気が引く。


 そして初めて気付く。


 自分を助けに来たのは。


 警察でもない。


 特殊部隊でもない。


 今日、入学式で出会ったばかりの。


 たった一人のクラスメイトだった。

ご拝読ありがとうございます。

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