1話 カーチェイス3
2026/6/8 本文修正
エンジン音は変わらない。
高回転域へ入ることもない。
無理な加速もしない。
ただ必要な速度だけを維持し続ける。
前方。
チャーリー1。
ブラボー。
アルファ。
そして最後尾。
チャーリー2。
車列はまだ形を保っていた。
だが湊には見えている。
それは維持されているのではない。
維持させられているだけだ。
支えているのは最後尾のチャーリー2。
車列全体の蓋。
最初に切り落とすべき部位だった。
「……」
湊はアクセルを微調整する。
距離は詰めない。
だが離れもしない。
じわじわと圧力だけを掛ける。
後方から。
確実に。
◇
チャーリー2。
運転席の男はバックミラーを見る。
黒いWRX。
いる。
確かにいる。
だが。
次の瞬間には位置が変わっている。
「何だこいつ……」
車線変更ではない。
加速でもない。
視界の外側を滑るような動き。
気付けば死角。
気付けば別の位置。
距離感が狂う。
経験則が通用しない。
「ブラボー!」
通信を開く。
「後続車両接近!」
『排除しろ』
即答だった。
チャーリー2は進路を変える。
ブロック。
後方警戒車両として正しい判断。
だが。
その瞬間。
湊は笑った。
初めて。
僅かに。
獲物が罠へ入った時のように。
「そっちへ逃げるか」
アクセルを踏む。
WRXがさらに接近する。
チャーリー2は反射的に避ける。
接触を恐れた。
だがその回避こそが狙いだった。
Eクラスはセダンだ。
高速域での急激な荷重移動には限界がある。
さらに速度。
路面。
車線角度。
全てが重なる。
逃げる。
修正する。
さらに戻す。
その連続。
そして。
限界を超える。
「しまっ――」
遅い。
リアが流れる。
グリップが抜ける。
カウンター。
間に合わない。
スピン。
車体が横を向く。
ガードレールへ激突。
金属音。
火花。
さらに反動で反対側へ跳ね返る。
中央分離帯へ衝突。
車体が持ち上がる。
横転。
数回転。
潰れるルーフ。
砕けるガラス。
そして停止。
無線がノイズを吐く。
『チャーリー2!』
返答はない。
運転席がどうなったのかも分からない。
だが。
湊は一度も振り返らなかった。
「一台」
それだけだった。
◇
『チャーリー2応答しろ!』
ブラボーの声が荒れる。
返答なし。
沈黙。
指揮官は即座に理解する。
落ちた。
「迎撃に移行する!」
Q7が前へ出る。
SUVの重量。
車格。
強引に押し潰すつもりだった。
だが。
既に遅い。
バックミラーにWRXがいない。
「どこだ」
右を見る。
いない。
左を見る。
いない。
そして。
前方。
「――ッ!?」
いた。
いつの間にか。
Q7の死角へ入り込んでいる。
あり得ない。
だが現実だった。
ブラボーは反射的にハンドルを切る。
押し込む。
潰す。
その瞬間。
湊はさらに一歩先を行く。
Q7が逃げる方向を読んでいる。
だから。
逃げ場がない。
重量級SUVがガードレールへ接触する。
火花。
姿勢変化。
重心移動。
そして。
横転。
巨体が転がる。
鈍い衝撃音が首都高へ響いた。
『ブラボー!!』
無線が悲鳴を上げる。
指揮系統消失。
◇
残るはチャーリー1。
先導車両。
最後の防壁。
「止める!!」
運転手が叫ぶ。
真正面から潰しに来る。
覚悟はある。
技術もある。
だが。
相手が悪かった。
湊は既にラインの内側へいる。
チャーリー1が認識した時には遅い。
修正。
回避。
判断。
全てが一拍遅れる。
Eクラスが限界を超える。
スピン。
横転。
ガードレールへ激突。
無線の向こうで絶叫が響く。
そして。
途切れる。
◇
残ったのは一台。
トヨタ・ハイエース。
アルファのみ。
護送車両。
天城美月がいる車。
完璧だったはずの護送編成は崩壊した。
指揮車両。
警戒車両。
全滅。
残るのは逃げる車と追う車だけ。
ハイエース。
WRX。
二台。
それだけ。
湾岸方面へ向かう道路の上。
神代湊は静かにアクセルを踏み続ける。
その表情に迷いはない。
今の彼は高校生ではなかった。
ただ任務を遂行するための存在。
かつてヴァルハイムが生み出した最高傑作――
ブリュンヒルデだった。
今日はここまで…まじで疲れた1日執筆してたよ。
明日から仕事頑張るぞい
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