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その“クエスト監視人(ウォッチドッグ)”は仕事ができない  作者: 朽縄咲良
第一章 “監視人”アッシュヴェル・エヴァーピース
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第九話 聖廟と門と暗闇

 ――それから一時間後。


「これが……聖廟か」


 険しい山道の突き当たりにあった大きな石組みがの建造物を見上げながら、ゲラウが感嘆混じりの声を上げた。


「へえ……こんな山の中にあるっていうから、どんなにちゃちい祠かと思ってたら、意外としっかりとした造りをしてるじゃねえか」

「ちょ、ちょっとゲラウさん……神聖な建物なんですから、足蹴にするのはやめた方が……」


 頑丈さを確かめるように……あるいは単純な悪戯心で、石造りの建物を囲うように半円状に配された石柱(オベリスク)のひとつを蹴りつけるゲラウを、シュガが慌てて窘める。


「中の神様がお怒りになったりしたら……」

「……けっ! シガ何たらとかいうクソ田舎の神の怒りなんて怖くねえわ!」


 と、シュガの言葉を鼻で笑ったゲラウだったが、さすがにそれ以上の狼藉をするのは控え、オベリスクに囲われた中にある石造りの建物に目を遣った。


「で……運んできた供物をこの聖廟の中にブチ込めば、オレたちは晴れてクエスト達成って事だな」

「……ええ、そうです」


 ゲラウの言葉に頷いたアッシュヴェルだったが、すぐに「――でも」と続ける。


「供物を捧げるべき聖廟は、これじゃないですからね」

「んだと?」


 アッシュヴェルの言葉を聞いたゲラウが、訝しげに眉を顰め、苛立たしげに石造りの建物に指を突きつけた。


「これが聖廟じゃねえっていうのか? じゃあ、どこにあるっていうんだよ、アァッ?」

「い、いや、確かに聖廟の一部っちゃ一部なんですが……」


 胸倉を掴まんばかりの勢いのゲラウに気圧されつつ、彼は説明する。


「せ、正確には、聖廟の門というか玄関というか……そんな感じなんで、コレ……」

「あ、アッシュヴェルさんの言う通りです!」


 村長から預かった聖廟の見取り図に目を通しながら、シュガがアッシュヴェルに助け舟を出した。


「この石造りの建物は、聖廟がある洞窟の入り口を塞ぐ為に建てられたもののようです。これを潜ると洞窟の中に入れて、そのまま真っ直ぐ奥に進んでいくと、聖廟の本殿まで辿り着けるみたいですね」

「そういう事か……」


 シュガの説明を聞いたゲラウは、不機嫌そうに舌打ちし、「だったら……」と建物に向けて顎をしゃくる。


「シュガ、テメエがひとりで洞窟の中まで行って供物を納めてこい。オレはここで昼寝……見張りしてるからよ」

「え、ええっ?」


 ゲラウの指示に、シュガは思わず上ずった声を上げた。


「お、俺ひとりでですか?」

「そう言ったろうが。いいから、つべこべ言わずにさっさと片付けてこい。でないと、山を下りる前に陽が沈んじまう」

「えぇ……?」


 無情なゲラウの答えに顔を引き攣らせたシュガは、怯えた目を聖廟の“門”に向けてから、恐る恐るといった手つきで両開きの扉を少しだけ開け、その隙間に顔だけ突っ込む。

 ……が、


「……いや、無理ですコレ!」


 すぐにそう叫んで、突っ込んだ頭を引っこ抜くように戻すと、涙目でゲラウに訴えた。


「な、何が潜んでるか分からないようなこんな真っ暗闇を、たったひとりでなんてとても行けません! い、一緒について来て下さいっ!」

「はぁ? ヘタレた事をほざいてるんじゃねえぞ、シュガ!」


 怖気づくシュガを、ゲラウは呆れと焦りが入り混じった声で怒鳴りつける。


「いいから行って来い! テメエも冒険者の端くれだろうが!」

「で、でも……俺、これが冒険者になって初めてのクエストなんですよ? そ……それなのに、いきなりひとりでやれだなんて……」


 不安を隠せぬ様子のシュガ。

 ……と、その時、

 

「――大丈夫ですよ、シュガさん」


 そう優しく声をかけながら、アッシュヴェルが震えるシュガの肩に手を置いた。


「ゲラウさんが同行しなくったって、あなたはひとりではありませんよ。クエスト監視人の僕がついていきますからね。クエストのお手伝いは出来ませんが、世間話でもして怖さを紛らわせる事くらいは出来ますよ」

「あ……そっか」


 アッシュヴェルの言葉を聞いたシュガは、ホッとした表情を浮かべる。

 そんな彼に微笑みかけた監視人は、他人事のような顔で足元に転がっている大岩に腰かけようとするゲラウに声をかけた。


「では……ゲラウさんはそちらでお待ちになってるという事でよろしいですね?」

「あ? ああ、そうだよ。テメエらふたりで仲良く行って来い」

「了解しました。……ゲラウさんもくれぐれもお気をつけ下さい」

「……は?」


 言葉の最後にアッシュヴェルが付け加えた注意喚起に、ゲラウは訝しげな表情を浮かべながら首を傾げる。


「オレ“も”? 気をつけるのは、洞窟の中に入るテメエらだけだろ?」

「いえいえ……」


 訊き返すゲラウに苦笑を向けながら、アッシュヴェルは自分たちが登ってきた山道を指さした。


「さっきから、僕たちの後を少し離れてついてくる気配があります。数は十……いや、二十ほどいるかもしれません。恐らく、青灰狼(インディゴウルフ)の群れでしょう」

「……え?」


 アッシュヴェルの言葉を聞いた途端に顔を引き攣らせたゲラウは、慌てて後ろを振り返る。

 その背中に、アッシュヴェルは親身に忠告をした。


青灰狼(インディゴウルフ)は、一匹一匹はそれほど強くありませんが、群れになると熟練の戦士でも負けてしまうほどのチームワークを発揮します」

「……!」

「まあ、ゲラウさんほどの実力者なら、野生の狼の二十どころか百や二百くらいいても楽勝かもしれませんが、油断大敵ともいいますし……」

「……」

「じゃあ、僕たちはちゃちゃっと行ってきますので、お留守番……いや、()()()()()()()()()()()()のお相手をよろしくお願いします」

「ちょ! ちょっと待て!」


 上ずった声で叫んだゲラウは、さっさと門の中に入ろうとするアッシュヴェルたちの元へ大慌てで駆け寄る。


「おや? お待ちになってるんじゃないですか?」

「しょ、しょうがねえな! シュガがビビってるみてえだから、オレもついていってやるよ!」


 心なしか青ざめた顔のゲラウは、訝しげに尋ねるアッシュヴェルから目を逸らしながら、恩着せがましく言うのだった――。


 ◆ ◆ ◆ ◆


 門の奥に続く洞窟の暗闇を松明の炎の光でこじ開けながらニ十分ほど歩いた三人の前に、開けた空間が現れた。


「……どうやら、あれが聖廟の本殿のようですね」

「あ、ああ……」


 入口の門と同じ石造りの建造物を見上げながら、シュガが呟き、ゲラウが周囲の厳かな雰囲気に圧倒されてごくりと唾を呑んだ。

 経年劣化でところどころ崩れている聖廟の本殿の前には、石畳が円状に敷き詰められており、その中央に粗末な祭壇が置かれている。

 どうやら、そこに持ってきた供物を捧げるらしい。

 場の神聖な……というよりは“禍々しい”と言った方が相応しい異様な雰囲気に急かされるように、ふたりは祭壇に近付いた。


「じゃ、じゃあ……さっさと終わらせろ」

「は、はい」


 ゲラウの指示におずおずと頷いたシュガが、祭壇の前で背負っていた荷物を下ろした――その時、


 ――ガコンッ


 という音が上がる。

 その次の瞬間、


「――う、うわぁっ!」

「ゆ、床が――ッ!」


 ふたりの足元の石畳がぱっくりと口を開け、ゲラウとシュガはその隙間に吸い込まれるように落ちていった――!

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