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その“クエスト監視人(ウォッチドッグ)”は仕事ができない  作者: 朽縄咲良
第一章 “監視人”アッシュヴェル・エヴァーピース
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第八話 荷物と山道と違和感

 「へっへっへっ」


 アケモニ山の中腹のシガンクアという土着神を祀った聖廟へ続く緩やかな山道を歩きながら、ゲラウは下卑た笑い声を上げた。


「受注の時に、あの受付嬢が脅してきたから一体どんなものなのかと思ってたがよ……案外とチョロいじゃねえか」


 そう言いながら、手ぶらのゲラウは懐から携行用の小瓶を取り出す。

 歩きながら慣れた手つきで小瓶の栓を抜いて、中に入っている蒸留酒を美味そうに一口呷った彼は、ニヤニヤと笑いながら言葉を継いだ。


「これっぽっちの荷物を聖廟とやらに運ぶだけで、たっぷり一ヶ月は遊んで暮らせるだけの報酬がもらえるんだからな。ぶっちゃけ、同じ“二つ星”でも、ワッカアナ(故郷)のクエストよりもずっと難易度低くて楽だわ。な~にが『王都直轄ギルドを舐めるんじゃないわよ』だ、あのクソアマ」

「ら、楽ですか……?」


 ゲラウの言葉に荒い息混じりの声で訊き返したのは、背中に大きな箱を三つも背負ったシュガである。

 荷物を積んだ背負子(フレームパック)の肩紐が食い込んで発する激痛に顔を歪ませながら、彼はゲラウに訴える。


「お、俺は結構辛いんですけど……。この荷物、大きさの割にずっしり重くて……」

「おいおい、重いからって落とすんじゃねえぞ」


 シュガが吐いた弱音を聞いたゲラウは、露骨に顔を顰めながら釘を刺した。


「その中には、村のジジババどもがシガなんとかいう神様への願いだか念だかを込めた供物がぎっしり入ってるんだからな。万が一落としたりなんかしたら、ジジババどもと神様の両方に呪われちまうぞ!」

「そ、それは重々分かってるんですが……も、もう肩と背中が限界で……」


 息も絶え絶えな様子でそう言ったシュガは、縋るような目をゲラウに向けて懇願する。


「なので……で、出来れば、ひとつでいいんでゲラウさんにも荷物を持って頂けないかな……と」

「はあぁ?」


 だが、シュガの頼みに対して、ゲラウはあからさまに不機嫌そうな声を上げ、大きくかぶりを振った。


「甘ったれてるんじゃねえぞ! テメエも冒険者の端くれなら、そのくらいの荷物程度楽勝で運んでみせろや! 安易にオレを頼るな!」

「そ、そんなぁ……」


 葡萄酒の入った小瓶しか持っていないゲラウのすげない返事に、シュガは思わず嘆きの声を上げる。

 ……と、


「うぅ……申し訳ありません、シュガさん」


 ゲラウとは正反対に、心底すまなさそうな顔をして謝ったのはアッシュヴェルだった。


「あなたの代わりにその荷物を運びたいのはやまやまなんですが……いかんせん、僕は“クエスト監視人”でして……。下手にクエスト中のあなた方に手を貸してしまうと、さっきみたいに“お仕置き”されちゃうんで……本当にすみません!」

「あ……いえ、ちゃんと分かってますから、そこまでして頂かなくて結構です!」


 今にもその場で四つん這いになって地に頭を擦りつけんばかりのアッシュヴェルを慌ててなだめたシュガは、弱々しい笑みを浮かべながら地面を指さす。


「まあ……家畜を山に入れられない聖地のしきたりのせいで、荷運びに馬を使えないのは痛かったですが、道自体はハッキリしてて、荷物を背負ってても歩きやすいですから……何とか大丈夫です」

「……そうなんですよねぇ。()()()()

「……え?」


 アッシュヴェルがぼそりと付け加えた一言が引っかかったシュガは、思わず訊き返した。


「妙な事……って、何がですか?」

「この山道がですよ」


 シュガの問いかけにそう答えたアッシュヴェルは、鬱蒼と茂る草むらに切れ目を入れたように続く道を指す。


「確か……村長さんのお話では、十八年前の大地震以降、ほとんど祠へは詣でていないって事でしたよね」

「え、ええ……そう言ってましたね」

「でも……その割りに荒れてなくないですか? この山道」

「あ……っ」


 アッシュヴェルの言葉に、シュガはさっき自分が何気なく口にした『道自体はハッキリしてて』という一言の不自然さに気付いてハッとした。


「そう言われれば……!」

「十八年も人の往来が無ければ、道はガタガタになるはずです。舗装もされていない山の中の小道なら、完全に草に覆われて道自体が無くなっていてもおかしくありません」


 そう言いながら、アッシュヴェルは砂利混じりの道をブーツを履いた足で踏みしめる。


「……でも、この道は違います。街道ほど頻繁にとまでは言いませんが、恐らく定期的に使われているんでしょう」

「え……じゃあ……」


 シュガは、自分の胸の中にモヤモヤとした疑念が湧くのを感じながら、おずおずと言った。


「という事は……あの村長は嘘を吐いていたって事ですか?」

「まあ……そういう事になりますねぇ」

「で、でも、じゃあ何でそんな嘘を?」

「それは、まだ何とも言えませんが……」


 そう言い淀んで指を顎に当てたアッシュヴェルは、少し躊躇いつつ言葉を継ぐ。


「あの……これは、あくまで僕の直感なので、クエスト遂行中のシュガさんは聞き流して頂いて構わないんですけど……」


 アッシュヴェルは、いつもの彼らしくもない真剣な表情をシュガに向け、潜めた声で言った。


「――このクエスト、放棄し(やめ)た方がいいかもしれませんよ」

「え……?」


 意外な言葉に、シュガは思わず訊き返す。


「く、クエストをやめろって……どうしてで――」

「何やってんだテメエらぁっ!」


 だが、シュガの問いかけは、苛立った叫び声によって遮られた。

 慌てて怒声が上がった方に顔を向けると、ふたりを置いてさっさと先に行っていたゲラウが、憤怒の表情で手招きをしている。


「そんな所でダラダラくっちゃべってねえで、さっさと来い! 日が暮れちまうだろうが!」

「は、ハイッ! スミマセン!」


 怒鳴られたシュガは、慌てて返事をして、小走りでゲラウの元へ急ぐ。

 ……今交わしたアッシュヴェルとの会話の内容が、心の奥で妙に引っ掛かっているのを感じながら。

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