第七話 監視人とクエストと疑問
「あの~……」
白髪頭を深々と下げたグシオスを前にして、思わず顔を見合わせるゲラウとシュガの後ろからおずおずと手を挙げたのは、アッシュヴェルだった。
「ええと、すみません、村長さん。ひとつだけお伺いしてもよろしいですか?」
「あ、はい。何でしょう? ――ええと、あなたは……」
「あぁ、申し遅れました。僕は、ファルディス冒険者ギルド所属の“クエスト監視人”アッシュヴェル・エヴァ―ピースと申します」
そう名乗って、マントの隠しから取り出した名刺を村長に差し出したアッシュヴェルは、改めて尋ねる。
「ちょっと不思議に思ったんですけど……なぜあなた方は当ギルドにクエストを発注なさったんですか?」
「…………なぜと申されますと?」
「あ、お気を悪くしてしまったのならごめんなさい! ホントにちょっと気になっちゃっただけなんで……」
受け取った名刺をちらりと見てから訊き返すグシオスの顔に怪訝な表情が浮かんでいるのに気付いて、アッシュヴェルは慌てて謝った。
そして、頬を指でポリポリと掻きながら話を続ける。
「そもそも、なんでこんな『聖廟まで供物を捧げに行く』程度の簡単なクエストを、わざわざ報酬まで出してギルドに依頼したんだろうってところが、ちょおっと引っかかっちゃいましてね……」
「え、ええと、それは……」
「まあ、そっちの疑問は、この村の状況を見て自己解決しました。こんなにお年寄りばかりじゃ、供物を運んで山を登るのも一苦労ですよね。だから、若くて体力のある冒険者に頼みたい……って事でしょ?」
「は、はい! そうなんです!」
なぜかドヤ顔で自分の立てた推測を披露するアッシュヴェルに、村長は何故かホッとした様子で大きく首を縦に振った。
呷れを見たアッシュヴェルは、推測が的を射ていた事に気を良くした様子で自慢げに小鼻を膨らませたが、すぐに「でも……」と首を傾げる。
「もうひとつ疑問がありまして……」
「もうひとつ……疑問?」
「ほら……こことファルディスって結構距離があるじゃないですか? 今回のクエスト難易度なら、もっと近場……例えば、ティラントとかキッシングとかにある冒険者ギルドに依頼しても良かったんじゃないかなぁ……って」
「それは……」
アッシュヴェルの言葉に、グシオスは明らかに困った様子で目を逸らした。
一方、ずいっと前に身を乗り出したアッシュヴェルは、言い淀む村長に対し、更に言葉を重ねる。
「ファルディスからここまでは、馬でも半日はかかります。当然、遠い分だけ出張料も割増しになって更に支払い額が上がる訳で……。なんで、そんな余計な出費までして遠方にある当ギルドに依頼を出し痛っだぁッ!」
「どうでもいい余計な事をゴチャゴチャほざいてんじゃねえよ、クソ監視人!」
村長に質問を浴びせかけるアッシュヴェルの尻を、業を煮やしたゲラウが思い切り蹴り上げた。
巨漢が放った全力のミドルキックをまともに食らったアッシュヴェルは、蹴られた尻を押さえたまま床の上に転がり、まるで芋虫のように体を蠢かせながら悶絶する。
そんな彼を怒りに満ちた目で見下ろしながら、ゲラウは苛立たしげに声を荒げた。
「何でこの村のジジババどもがファルディス冒険者ギルドに依頼を出したかなんてどーでもいいんだよ! 重要なのは、ジジババどもが出したクエストをオレが受けて、目的を達成したら報酬が支払われるって事だけだ!」
「す、スミマセンッ!」
「ほら、テメエのクソみてえな質問攻めに金づ……依頼人様が困ってらっしゃるだろうが! 機嫌を悪くして、報酬を減らされたらどうするんだよボケ!」
固い表情を浮かべている村長の顔を指さしながら、目を剥いて怒鳴り散らすゲラウ。
……と、その時、
アッシュヴェルの首元が薄っすらと白く光り始める。
『……否定』
「……あっ」
首元の首輪から上がった無機質な合成音声を耳にした瞬間、アッシュヴェルの顔から血の気が引いた。
「え? ぼ、僕、またなんかやっちゃいました……?」
『肯定。監視人ナンバー009、アッシュヴェル・エヴァ―ピースの【任務監視人倫理規約】第三条一項「監視対象ト任務ニ対スル過剰ナ介入及ビ干渉ヲ行ウベカラズ」に対する違反を現認』
「ヒェッ?」
首輪からの無情な宣告に、圧し潰されたヒキガエルのような声にならない声を喉の奥から漏らしたアッシュヴェルは、必死に首を左右に振りながら釈明する。
「ちょ、ちょっと待って下さい! い、今のは、ただ単にちょっと疑問に思っただけで……決して、か、介入だの干渉だのなんてつもりは……」
『却下。監視人ナンバー009、アッシュヴェル・エヴァ―ピースの先ほどの行為は、監視人が赦された“監視”業務を逸脱したものであると断定。よって、【任務監視人倫理規約】に基づき、十秒後に“倫理矯正制裁・丁”を発動。監視人は、電撃に備えつつ反省せよ』
「て、丁ですか? だ、だったらまだマシかも……い、いや、やっぱりちょっと待っ……痛アアアアアアアッ!」
懸命なアッシュヴェルの訴えの声は、キッチリ十秒後に甲高い悲鳴へと切り替わり、集会所の狭い室内はのたうち回る彼の体を駆け巡る白い電撃の光によって、外よりも明るく照らし出されるのだった……。




