第五十三話 メイドと決断と応報
「て、てめえ……」
仲間が次々に倒されたのを見た男たちは、理力の切れた少女を守るように前に立つメイド姿の女を剣呑な目で睨みつけた。
「オレたちの仲間じゃなかったのかよ?」
「裏切るのか、おいっ?」
「そんな事して、どうなるか分かってんのか、テメエ!」
「……勘違いしないで!」
周りを囲む男たちから浴びせられる罵声や非難の汚い声に、両手の鈎爪を油断なく構えたメイド服の女――リーナはキッと眦を吊り上げて叫び返す。
「私は、最初からあなたたちの仲間になったつもりなんてないわよ!」
「はぁ?」
リーナの言葉を聞いた男たちは、思わず怪訝な顔で首を傾げた。
「仲間じゃないなら、なんでワシらの計画に従って、その小娘をここまで誘き寄せてきたんじゃ?」
「そうだよ! そこまで俺たちの計画にガッツリ絡んでおいて、仲間じゃねえなんて理屈は通らねえだろうが!」
「……っ」
反論されたリーナは、返す言葉に詰まった様子で、ぐっと唇を噛む。
そんな彼女に、茶髪でチャラい見た目の若い男が近付いた。
「ほら、仲間じゃないだなんてつれねえ事言わないで、ボクと一緒に仕事を片付けようよ。それで、全部終わったら、雰囲気のいい場所で朝まで一緒にくんずほぐハアッ!」
「リーナに触らないでっ!」
顔を俯けて棒立ちしているリーナに馴れ馴れしく声をかけながら、気安く肩に手を置こうとした茶髪チャラ男の鳩尾に思い切り魔法杖の先端を突き込んだロージー。
たまらずその場にうずくまるチャラ男を一瞥した彼女は、持ち替えた魔法杖の石突を石畳に強く打ちつけ、周囲の男たちを鋭い目で睨みつける。
「リーナがアンタたちなんかに協力したのは、さっきあたしが言った通り、無理やり脅されたからに決まってるでしょ! ――多分、そこの変なお面のオッサンに!」
「……変なお面のオッサンとは随分な言い草だな」
ロージーに指を突きつけられた狼面の男は、僅かに口元を歪めながら、大げさに肩を竦めてみせた。
「やれやれ……貴族の娘の言葉遣いではないな。教育がなっておらんようだ」
「うるさいなぁっ! 言葉遣いが悪くて当然でしょ! だって、あたしは元々貴族なんかじゃないもの!」
そう叫びながら、ロージーは自分の胸元に指を突きつける。
「確かに、体に流れる血の半分はノイテンバイン伯爵家かもしれないけれど、それが何だって言うのっ? あたしはただの……ノワーブルの村で居酒屋を営んでた女将の娘だもんっ!」
「…………だから」
ロージーの言葉を聞いた狼面の男は、少し間を置いてから、押し殺したような低い声で言った。
「だから、お前は貴族の娘という恵まれた立場を擲って、ただの一般庶民として冒険者になろうとしているのか?」
「……あたしは」
問いかける狼面の男の顔を真っ直ぐに見据えながら、ロージーは答える。
「あなたが言うように、“貴族令嬢”というものが恵まれた立場だとは思わない。……少なくとも、あたし自身にとっては」
「……」
ロージーの答えを聞いた狼面の男は、小さく嘆息し、それからリーナの方へ目を移した。
「おい」
「……っ!」
「お前は何をしている。私に逆らったらどうなるか分からない訳でもなかろう」
「う……」
「ならば、バカな事はやめて、自分の責務を果たせ」
狼面の奥から覗く男の目に見据えられたリーナは思わずたじろぐ。
……そして、青ざめた顔を小さく縦に振った。
「……かしこまりました」
「リーナ……?」
ロージーが、リーナの背中に向け、おずおずと声をかける。
そんな彼女の不安そうな顔を背中越しに一瞥したリーナは、キッと前に向き直り、鈎爪を嵌めた拳にグッと握りしめた。
「おっしゃる通り、私は自分の責務を果たすことにします」
「リー……ナ……」
「そうか。なら、さっさと――」
「――お付きのメイドとして、お嬢様を守り抜くっていう責務をね!」
「……リーナぁッ!」
決然と言い放ったリーナの声を聞いて、ロージーの表情がぱあっと輝く。
――その一方で、
「……愚かな女だ」
苦々しげに言い捨てた狼面の男は、周りの男たちに示すように、リーネへ向けて顎をしゃくった。
「もういい。その恩知らずには手加減なしで構わん。私に逆らった事をたっぷりと後悔させてやれ」
「「「おうよぉっ!」」」
男たちは、狼面の男の命令に嬉々として応じ、めいめいの得物を構える。
それを見たリーナは、顔を引き攣らせながら鈎爪を構え、背後のロージーに向けて叫んだ。
「お嬢様ッ! こいつらは私が食い止めますから、その隙に街まで逃げて下さい!」
「そ、そんなのイヤだよッ!」
リーナの指示に激しくかぶりを振ったロージーは、魔法杖を棍棒のように持ち直しながら叫び返す。
「あたしもリーナといっしょに戦う!」
「ダメですっ! 逃げて下さい! 逃げてっ!」
ロージーの返事を聞いたリーナは、思わず自分の立場を忘れて声を荒げる。
「第一、いっしょに戦うって言っても、あなたはもう理力が無いじゃない! 魔術が使えないのに、どうやって戦うっていうのよ!」
「それはもちろん、この魔法杖でさっきみたいに……」
「バカな事言わないで! こいつらは、今はあんな風にやさぐれてても、昔はれっきとした冒険者なんだから、腕っ節じゃとても敵いやしないわよ!」
「そうだぜ嬢ちゃんっ!」
リーナの絶叫に、男たちが勝ち誇った声で吠えた。
「そこに転がってる茶髪の若造は油断したんだろうけどよぉ。そうでなかったら、テメエがぶん回す棒っ切れなんぞかすりもしねえぞ!」
「そ……そんなの……やってみなきゃ分からないじゃん!」
「分かるわよ! だから、さっさと逃げてちょうだいって言ってんの!」
男たちに言い返すロージーを怒鳴りつけるリーナ。
……と、
「……何をしている」
「「……ッ!」」
ボソリと上がった苛立ちを隠せない声に、男たちがハッと身を強張らせる。
その場に居た全員の視線を受けながら、狼面の男はリーナを指さした。
「さっさとやれ」
「「「「「お、おおおお――ッ!」」」」」
微かに怒気を含んだ狼面の男の声に、男たちは慌てて得物を振り上げ、リーナたちに向けて突っ込む。
「……ッ!」
それを見たリーナは、反応が遅れたロージーを咄嗟に背中で庇いながら、四方八方から襲い掛かってくる男たちを迎え撃とうとする。
――その時、
「――リーナさん、ロージーさん! 今すぐその場に伏せて下さいっ!」
という絶叫が、ふたりの耳朶を打った。
「え……? その声――」
「お嬢様ッ!」
声を聞いて、思わず周りを見回そうとするロージーを、リーナが強引に押し倒し、その上にのしかかるように自分も伏せる。
――次の瞬間、
空気を切り裂く甲高い音と共に、凄まじい冷気の塊がふたりの上を通り過ぎた――!




