第五十話 少女と男たちと狼面
「わ、分かった……」
“声”の言葉の響きにやや気圧されながらぎこちなく頷いたスキンヘッド男は、ロージーの周りをぐるりと取り囲んだ仲間たちに向かって声を張り上げた。
「おいテメエら! 旦那の許可が下りたぞ!」
そう叫んだ彼は、輪の中心に立つ少女に指を突きつける。
「少しくらい傷つけても構わねえから、このお嬢ちゃんに世間の厳しさってヤツを叩きこんで――」
「応うべし 大気に潜む 水の精! 寄り集まりて 轟流と為れっ!」
「――がぐふああぁっ!」
スキンヘッド男の声は、途中から情けない苦鳴に変わった。
彼の顔面に魔法の詠唱で創り出した水流弾を叩きつけたロージーは、蒼く輝く魔晶石を嵌め込んだ携帯用魔法杖を高く掲げながら、自分を取り囲む男たちを睨みつける。
「いいよっ! だったら、遠慮なくかかって来なよ! 漏れなくそいつみたいにしてやるからさっ!」
「てめ……っ!」
ロージーの挑発に、男たちの顔色が変わった。
「まだおむつも取れてねえガキのクセに、大人に向かって生意気なクチきいてんじゃねえぞ!」
「おむつなんてしてないもんっ!」
男たちの怒声に、ロージーも顔を怒りで真っ赤にしながら怒鳴り返す。
「それに、ガキでもないっ! あたしはこれでも十六歳!」
「……“これでも”って付けるって事は、自分でも薄々ガキっぽい事を自覚しているってこ……ぐぼあっ!」
「無駄に鋭い指摘しないでよ、コノヤローッ!」
したり顔で頷いた髭面の男の鳩尾に無詠唱の水流弾を撃ち込みながら、ロージーは伯爵令嬢らしからぬ荒っぽい声で叫んだ。
無詠唱での魔法の即時発動は、それなりの理力と応用力を必要とする高等技術である。
それを、場数を踏んだ熟練の者ならともかく、まだあどけなさを残す目の前の少女がやってのけたのを目の当たりにして、思わず男たちはたじろぐ。
「お、おい……ひょっとして、このガキ意外と腕が立つんじゃねえか?」
「ガキンチョでも、貴族様の御令嬢だしな……」
「ワシらなんかよりずっといいモン食ってるから、その分理力も多いのかもしれん」
「ひょ、ひょっとして、しがない冒険者崩れのオレたちじゃ太刀打ちできない……?」
途端に気弱になり、逃げ腰になる男たち。
……だが、
「何ビビッてんだ、テメエら!」
肩に大きな棍棒を担いだ隻眼の男が、周りの者に向けて叫んだ。
「どんなに強力で発動が早い魔法だって、当たらなけりゃどうという事ねえんだよ! 全員で一斉に打ちかかれば、反応しきれねえはずだ!」
「そ、そうか!」
隻眼の男の言葉に、他の者たちは目を輝かせる。
「今の二発を見る限り、水魔法は前にしか飛ばせねえみたいだから、背後にいる奴に対しては無防備だよな!」
「だったら、全方向から同時にかかればいいだけか……」
男たちは、互いの顔を見て頷き合い、それから一斉に包囲の真ん中にいる少女に視線を向けた。
「そうと決まれば、話は早え……」
そう呟いて舌なめずりした男たちは、得物を握る手に一層の力を込めながら、互いに目配せし――、
「――行くぜぇッ!」
と、足並みを揃えてロージー目がけて突っ込む。
「っ!」
男たちが包囲の輪を一気に狭めるのを見たロージーは、小さく息を吸ってから、詠唱を乗せて一気に吐き出した。
「――地下潜む 水の精ども 跳ね起きよ! 土を破りて 逆滝と化せっ!」
朗々と詠唱しながら、ロージーは魔法杖の先端を石畳に強く打ちつける。
――次の瞬間、男たちは腹に響く重低音を伴った振動を足元に感じた。
「な、なんだ……うわああああああ――っ?」
訝しげな声を上げ終わる暇も与えられず、男たちは次々と上へと吹っ飛ばされる。
ロージーの立っている位置を中心とした大きな丸を書くように石畳を割って噴き出した水柱が、ちょうど包囲の輪を狭めようとした男たちの進路と重なったのだ。
――もちろん、これは数的優位にある男たちを一網打尽にする為にロージーが自らの身を囮として仕掛けた作戦である。
「ふっふっふ……」
水柱によって五エイムほど上空に吹き飛ばされた後、そのまま真っ直ぐ下に落ちてきて、激しい水圧によって砕けた石畳に背中や尻をしこたま激しくぶつけて悶絶する様を見ながら、ロージーはしたり顔でほくそ笑んだ。
「いやぁ、まさかこんなにあっさり引っかかってくれるとは思わなかったなぁ」
「ぐ……が……」
「て、てめえ……このクソガキ……」
自分たちを得意げに見下ろすロージーに歯噛みする思いの男たちだったが、落下のダメージのせいで立ち上がる事すら難しく、石畳の上で転がり回りながら毒づく事しか出来ない。
そんな彼らを冷ややかに一瞥したロージーは、先ほどの水柱攻撃を辛うじて免れた数人を牽制するように魔法杖を構えた。
「さあ! 次はどうするの? 言っとくけど、あたしの水系魔法のバリエーションは、今見せたのだけじゃないからね」
「う……」
「今転がってる奴らと同じような目に遭いたくなかったら、もうあたしたちに手を出さないで!」
と、鋭い声で男たちに警告したロージーは、彼らが悔しそうな顔をしてたじろぐだけなのを確認してから、呆然と立ち竦んでいるリーナを手招きする。
「じゃあ行こっ、リーナ!」
「お、お嬢様……」
ロージーの言葉にハッと目を見開いたリーナだったが、すぐに表情を曇らせ、小さくかぶりを振った。
「い……いえ、私は結構です……どうぞ、お嬢様おひとりで……」
「なんでッ?」
リーナの返事を聞いたロージーは、訝しげに眉間を寄せながら叫ぶ。
「ひょっとして、あたしのことを騙したから? そんなの全然気にしなくていいの! リーナはこいつらに脅されただけなんだから!」
「で、でも……」
「でもじゃない!」
なおも躊躇するリーナに業を煮やしたロージーが、彼女の方に向かって足を踏み出した。
――その時、
「ッ!」
不穏な気配を感じたロージーが、咄嗟に魔法杖の石突で地面を叩く。
次の瞬間、無詠唱で地面から噴き出した小規模の水壁が、彼女の体目がけて繰り出された鋭い刺突を辛うじて防いだ。
「う……ッ!」
「ほう……」
刺突を放った細剣を構え直しながら感嘆混じりの声を上げたのは、狼の顔を象った銀製の仮面で顔を隠した背の高い男だった。
「今の速さに対応できるとは、思っていたよりも水魔法を操る事に熟達しているようだな」
「あなた……!」
彼の声を聞いて表情を強張らせたロージーが、咄嗟に飛び退いて彼から距離を取る。
間違いない。さっきの声だ。
『ただの冒険者』と言った自分に、『お前が伯爵家の一人娘、ローズライト・ファレン・ノイテンバインなのは変わらないし、変えられない』と冷たく言い放ち、スキンヘッドの男に指示を出していた“声”の主は、この狼面の男に間違いない。
やにわに背中を冷たい汗が伝うのを感じながら、ロージーは自分の前に立ち塞がる狼面の男に向かって鋭く叫んだ。
「そ、そこをどいて! あたしたち、もう街に帰るんだから」
「そう言って、素直に『どうぞ』と道を譲ると思うのか?」
上ずったロージーの声に、狼面の男は失笑しながら言う。
「そういうところだ。そんな甘っちょろさこそが、お前がどこまでいっても冒険者ではないただの世間知らずの小娘だという何よりの証拠なのだよ」
「この……っ!」
狼面の男からかけられた嘲弄混じりの言葉に思わずカッとなったロージーは、魔法杖の先端を彼に向けた。
「だったら、力づくでどかせるだけッ!」
彼女が叫んだ次の瞬間、魔晶石が眩く輝き、巨大な水流弾が狼面の男目がけて放たれる。
「……っ!」
それを見た狼面の男は、無言で細剣を構え、
「はあああ――ッ!」
裂帛の気合いと共に、目にも止まらぬ速さで鋭い刺突を繰り出した。
“バシュアアアン――ッ!”
次の瞬間、強烈な破裂音が上がり、細剣に刺し貫かれた巨大な水流弾が千々に弾け散る。
「え……っ?」
放射状に弾け、無数の水粒と化した水流弾の成れの果てがにわか雨のように石畳に降り注ぐのを見ながら、ロージーは思わず絶句した。
一方、
「さて……」
弾けた水粒のただ一粒すら身に受ける事無く、悠々とした挙措で細剣を戻した狼面の男が、呆然とするロージーを冷ややかに見据える。
「せっかくだから、お前の気が済むまで……いや、心が折れるまで付き合ってやろう。もう二度と冒険者をやろうなどと思わなくなるまで……な」




