第四十九話 メイドと裏切り(?)と決論
「リーナ……」
「う……」
呆然とする主の視線から逃げるように顔を伏せたリーナの口から、嗚咽に似た声が漏れた。
そんな彼女の肩に馴れ馴れしく手を置きながら、スキンヘッド男はニタニタしながらロージーの事を嘲笑う。
「くくく……温室育ちのお嬢ちゃんには、ちいとショックがデカすぎたか? 忠実だと思ってたメイドにまんまと裏切られたのはよぉ」
「……っ」
スキンヘッド男の声を聞いたリーナが、キッと眦を上げた。……だが、すかさずスキンヘッド男が彼女の肩に置いた手に力を込めると、その勢いはたちまち消え失せ、再び視線を地面に落とすと、湧き上がる激情を無理やり押さえつけるようにギュッと唇を噛みしめる。
……と、
「……そっか」
ロージーが、ぼそりと呟いた。
そして、俯いたままメイド服のスカートをギュッと握りしめているリーナに向けて、大きく頷きかける。
「分かったよ、リーナ。……あなたが、あたしを裏切ってそいつらの仲間になった訳じゃないってことが」
「……っ!」
主の言葉を聞いたリーナは、ハッとして顔を上げた。
見開いた彼女の目に映ったのは、青ざめながらも優しい笑みを浮かべているロージーの顔だった。
「お、お嬢様……」
「なにか事情があって、そいつらの言う事を聞かなきゃいけないんでしょ? それで、あたしのことを攫う手伝いを無理やりさせられたんだよね?」
「……っ!」
ロージーの問いかけに、リーナの目からぽろぽろと大粒の涙が零れ落ちる。
それが、何よりも雄弁な彼女の答えだった。
「……よし!」
リーナの泣き顔を見たロージーは、彼女を安心させようとするように大きく頷いてみせる。
「だったら、話はカンタンだよね! こいつら全員やっつけて、いっしょに街に戻ればいいだけ!」
「は、はぁっ?」
気合満々といった様子で魔法杖を構え直すロージーに、スキンヘッド男が驚きと当惑がない交ぜになった声を上げた。
「オレたち全員をやっつけるだと? お前、自分の状況分かってんのか、ええっ?」
「もちろんっ!」
ドスを利かせたスキンヘッド男の怒声に怯む様子も無く、ロージーは勢いよく頷く。
てっきり怯え竦んで泣き叫ぶものと思っていた彼女の意外な反応に、取り囲む男たちは思わず互いの顔を見合わせた。
「……おい、最初の話と違ってきたぞ?」
「お貴族様の娘っていうから、囲んじまったらガタガタ震えて命乞いするものと思ってたのに……」
「あの旦那からは、傷をつけるなって念を押されてたけど……」
「これじゃ、最初に立てた計画が……」
「マジで戦るんだったら、さすがに無傷で攫うって訳にはいかなくねえか?」
なぜか当惑した様子で、こそこそ囁き合う男たち。
……と、
「――うるせえぞ、テメエらッ!」
そんな彼らを一喝したスキンヘッド男が、背中の大剣を勢いよく抜き放った。
「こうなったらしょうがねえ! お嬢ちゃんにはこっちの方法で“世間の厳しさ”ってヤツを味わってもらう事にしようぜ!」
「「「「……っ!」」」」
スキンヘッドの言葉に一瞬躊躇を見せた男たちだったが、すぐに小さく頷き合い、一斉に得物を手にし、そんな彼らの動きを見たロージーも表情を引き締めて、魔法杖を握る手に一層強く力を込めた。
自分たちが持つ松明の灯りを受けて鋭く光る瑠璃色の目に見据えられた男たちは一瞬たじろぐが、すぐに余裕を湛えた下品な薄笑みを浮かべる。
「ひひひ……強がっちゃいるが、怯えてるのが丸わかりだぜ、オジョウサマ」
「無駄なテイコーはやめて、俺たちの言う通りにしな。さもないと、ちいと痛い思いをする事になるぜぇ」
「そんな若さで傷物になりたかねえだろ? せっかく伯爵令嬢として生まれてきたっていうのに、嫁の貰い手が無くなっちまうぞ」
「っ!」
最後の言葉を聞いた瞬間、ロージーはキッと眦を上げた。
「そんなの関係ないっ! あたしは伯爵令嬢なんかじゃなくって、ただの冒険者のローズライトなんだからっ!」
「――いいや」
彼女を取り囲んだ輪の中から、妙にくぐもった、それでいて凛と通る渋い声が上がる。
「ひ……っ!」
そのどこか品を感じさせるバリトンの声を聞いた瞬間、それまでずっと俯いたままだったリーナの顔が、サーッと音を立てる勢いで青ざめた。
そんな彼女をよそに、男の渋い声は、淡々と――それでいて確固たる口調でロージーに言う。
「どんなに自分の事を“ただの冒険者”だと自称したところで、お前がれっきとした伯爵家の一人娘、ローズライト・ファレン・ノイテンバインなのは変わらないし、変えられない。これは厳然とした事実だ」
「……っ」
「だからこそ、お前はこのような目に遭うのだ。今も……そして、冒険者を続ける限り、これからもずっとな」
「だ……だったら!」
正体不明の声による冷静な指摘に思わず気圧されかけたロージーだったが、慌てて言い返した。
「もしこれからもこんな目に遭うんだとしたら、その度に力づくで切り抜ければいいだけだよっ! ――こんな風に!」
そう叫ぶや、彼女は目を瞑り、魔法杖の先端に意識を集中させる。
それに応じて、魔法杖の先端に取り付けられた魔晶石が眩く光り始めた。
――と、
「……おい」
先ほどの渋い声が、スキンヘッド男に呼びかけた。
「何をぼさっとしている。さっさとかかれ」
「し、しかし、旦那……」
急かされたスキンヘッド男は、当惑した様子で訊き返す。
「いいのか? 仕事を請け負った時に、あの娘にケガをさせるなってくどいくらいに念を押してきたのはアンタだぜ?」
「……こうなったら、止むを得ん。少し痛めつけた方が、あいつにとってはいい薬になるだろう」
スキンヘッド男の問いかけに、やや憮然とした雰囲気を帯びたバリトンの声が言った。
「もう二度と冒険者になりたいなどと考えなくなるように懲らしめてやれ。……ほどほどにな」




