第四十八話 不審者集団とメイドと種明かし
どんどんと自分たちの方へと近づいてくるいくつもの蹄の音と松明の灯りに、ロージーはどうしたらいいか分からぬ様子で呆然と立ち尽くしていた。
「――お嬢様っ! 早く行って下さい!」
「あっ……」
耳に飛び込んできた金切り声でようやく我に返ったロージーは、接近する馬群から主を守るように前に立ったリーナの背に向けて叫ぶ。
「だ、ダメだよ! リーナを置いてなんていけないよ!」
「私の事なんか気にしなくっていいですからッ!」
ロージーに背を向けたまま、リーナは苛立たしげに声を荒げた。
「とにかく、早く行きなさいってば!」
「……っ!」
いつも自分にかけてくれる丁寧な口調とは程遠い、怒声混じりの荒い絶叫に驚いたロージーだったが、それほどまでに逼迫した状況だという事をようやく理解してリーナの言う通りにしようとする。
……だが、もう既に遅かった。
ほどなく彼女たちに追いついた騎馬の一団は、ふたりの数エイム手前で横に逸れ、そのまま石畳の道の脇の草原を踏み荒らしながらふたりの周囲を広い円で囲うように走る。
疾駆する馬の巨体が作る円の中に閉じ込められた格好のロージーは、顔を青ざめさせながら、馬上の男たちに向けて鋭い声で叫んだ。
「な……何なんですか、あなたたちはっ!」
「くくく……」
「ひひひ……」
僅かに声を震わせながらも気丈な態度で誰何するロージーの事を、手綱を引いて停めた馬の背の上から下卑た視線で見下ろしながら、薄汚い身なりの男たちが下品な含み笑いを漏らす。
彼らの姿と反応で最悪の答えを薄々察したロージーは、すかさずローブの隠しから取り出した携帯用魔法杖を展開した。
「さっさとここから消えなさい! さもないと痛い目に遭うよッ!」
「……ぷっ!」
「ギャハハハハッ!」
毅然としたロージーの警告に返ってきたのは、汚い声の嘲笑と爆笑だった。
「こりゃあ勇ましいお嬢ちゃんだ! ビビッてションベンちびっちまいそうだぜぇ~ヒヒヒ」
「よちよち、良く言えまちたね~、ヒャハハハ!」
「イヒヒ、どんな痛い目にあっちゃうのかなぁ、ボクたち~?」
男たちは、ロージーの声にわざとらしく怖がる振りをしてみせながら次々と馬から下り、腰や背中に提げた得物を抜いてゆっくりと間合いを狭めてくる。
ニタニタ笑いながら徐々に包囲を狭めてくる男たちに恐怖を感じたロージーは、上ずった声で制止の声を上げた。
「こ、来ないでっ! それ以上近付いたら、ホントに容赦しないからねっ!」
「おー怖い! どう容赦しないのかなぁ、ククク……」
だが、男たちは相変わらず下品な声を上げながら足を止めない。
怯んだ様子のない彼らを牽制するように、伸ばした携帯用魔法杖を体の前に構えながら、ロージーは上ずった声で叫んだ。
「あ、あたしたちが女だからってナメないでよね! あたしとリーナがいっしょに戦ったら、あなたたちが束になったって敵わないんだから!」
「……っ」
ロージーの言葉を聞いた男たちが、一斉に表情を変え、ピタリと動きを止める。
そして、互いの顔を見合わせ、
「……くく」
「ひひひ……」
「「「「ギャーッハッハッハッハッ!」」」」
と、こらえきれなくなったように大笑いし始めた。
「な……なにさ!」
一瞬彼らの反応に戸惑ったロージーだったが、すぐにキッと眦を上げ、魔法杖を握る手に力を込めながら、リーナに向けて叫んだ。
「リーナ! こうなったら、ふたりでこいつら全員懲らしめてやろっ!」
――だが、
「……リーナ?」
「……」
声をかけたにもかかわらず、自分に背を向けたまま微動だにしないリーナに、ロージーは怪訝な表情を浮かべながら呼びかける。
だが、それでもリーナは動かなかった。
「どうしたの、リー……」
「ヒャハハハハハハッ!」
不安に満ちた顔でリーナに呼びかけるロージーの声を、下卑た笑声が遮る。
男たちのまとめ役らしいスキンヘッド頭が、濃い口髭に覆われた口元を歪めながら一歩前に出て、狼狽えるロージーをせせら笑うように言った。
「くくく……まだ気付かねえのか、お嬢ちゃん」
「き、気付かないって、何をっ?」
髭面男の余裕たっぷりの様子に苛立ちと不安を覚えながら、ロージーは上ずった声で訊き返す。
そんな彼女を見て嗜虐的に唇を歪めたスキンヘッドの男は、
「――おい」
と、先ほどから黙って俯いたままのリーナに声をかけた。
「そろそろ大切なご主人様に種明かしをしてやれよ、ククク……」
「……っ」
スキンヘッド男の声にビクリと身を震わせるリーナ。
「えっ……?」
そんな彼女の反応を見たロージーの胸中に、更に大きな不安が黒雲のように湧き出す。
小刻みに身を震わせながらぎこちなく振り返ったリーナは、凍りついたように立ち尽くすロージーに――深々と頭を下げた。
「……大変……申し訳ございません、お嬢様……。私は、あなたの事を……」
「……うそ」
ひび割れた鈴のようなリーナの声を聞いたロージーは、唖然とした表情を浮かべる。
「うそ……だよね? リーナが、こいつらの仲間になってあたしを騙したなんて……そんな事、無いよ……ね?」
うわごとのように呟きながら、ロージーはリーナのメイド服の袖に縋ろうと手を伸ばした。
だが、無言でロージーの手を避けるように身を引いたリーナは、主と目を合わせないままスキンヘッドの男の傍らに立つ。
「そんな……」
「ひゃははははっ!」
手を伸ばしたまま呆然とするロージーの事を、スキンヘッド男はこらえきれないといった様子で嘲笑い飛ばした。
「ようやく理解したか? この女はオレたちに協力してたんだよ! ありもしねえ秘湯の話でお前を釣って、夜になったら人っ子ひとり通らないこんな辺鄙な草ッ原まで連れてくる役でな!」




