第四十七話 夜道と沈黙と気後れ
それから一時間後――。
エイックス市の外――だだっ広い草原地帯の真ん中に敷かれた石畳の街道を、ロージーとリーナは歩いていた。
東南の空に昇った三日月のか細い光に照らされた街道の舗装は、大小さまざまな石を雑多に敷き詰めただけの最低限なもので、荒れ地を往くよりは多少マシといった歩き心地である。
その上、どうやら日頃の整備も不十分なようで、あちこちに小さな穴や舗装の剥離がある始末だ。
そんな酷い道にロージーが足を取られて転ばないように、リーナが手に持ったカンテラで彼女の足元を照らしながら先導していた。
「ええと……」
カンテラの黄色い光に照らし出されたデコボコ道を歩きながら、ロージーがおずおずと口を開く。
「あのね、リーナ……」
「……なんでしょうか、お嬢様」
躊躇いがちに紡いだ彼女の問いかけに、どことなく余所余所しい返事が返ってきた。
その、どこか冷めた声色が耳朶を打った瞬間、ロージーはびくりと身を強張らせる。
――今まで、リーナからこんな他人行儀な冷たい響きを帯びた声を向けられた事が無かったからだ。
「……っ」
やにわに、黒雲のような不安が胸中いっぱいに垂れ込め始める。
確かにロージーは、さっき宿屋に戻った後で、リーナに昼間の暴言の事を誠心誠意謝った。
彼女の謝罪をリーナも受け入れてくれて、すっかり元のように仲直りできた――はずだと思ったのだが……。
(や……やっぱり、まだ怒ってるのかな……?)
急に自信を無くし、怖くなってしまったロージーは、リーナの顔を直視できず、カンテラの光にボンヤリ照らされた石畳へと咄嗟に視線を逃がす。
だが、
(いや、ダメだよ! ここで不自然に距離を取っちゃったら、もう二度と前みたいにリーナと接することも接せられることもできなくなっちゃう……ような気がする……)
すぐにそう思い直して、勇気を出して目を上げ、リーナの顔を見上げた。
「え、えっと……」
だが、咄嗟に何を言えばいいのか迷って口ごもった彼女は、
「……その…………も、目的地の温泉って……あとどのくらいで着くのかな~って……」
結局、本来訊きたかった事とは全く違う質問を口にする。……まあ、これも訊きたかった事のひとつではあるのだが。
一方、
「……そうですね」
彼女の問いかけに、リーナは無表情のままで振り返り、目を道の先へと向けた。
そして、妙に長い沈黙の後で、ぼそりと答える。
「……あともう少しでございます」
「あ、そ、そうなんだ……!」
彼女の返事を聞いたロージーは、ざわざわとした違和感と不安感を覚えつつ、それをリーナに悟られないようにと満面の笑顔を作った。
「もう少しなんだね! じゃ、じゃあ、早く行こっか!」
これ以上気まずい空気にならないよう、殊更に明るい声を上げたロージーは、リーナの返事も聞かず美歩き出そうとする。
そんな主を相変わらずの無表情で見ていたリーナだったが、不意にその顔が歪んだ。
「……お、お嬢さ……」
「え?」
上ずったリーナの声を耳にしたロージーが、訝しげに足を止める。
そんな彼女に、まるでさっきまでの無表情が仮面だったかのように、どこか必死な……それでいて縋るような視線を向けながら、何か言いたそうに口を開きかけたリーナだったが――
「……いえ、何でもございません……」
閂を下ろすようにキュッと唇を噛み、小さくかぶりを振った。
それを見たロージーは、ぐっと眉根を寄せ、俯いたリーナに詰め寄る。
「……ねえ、リーナ? あなた、ひょっとして、何か厄介ごとを抱え込んでるんじゃないの?」
「……」
「そうなんでしょう? だから、さっきから態度がおかしいんでしょ、違う?」
「……っ」
ロージーの問いかけにも、リーナは俯いたまま応えない。
すると、ロージーは彼女のメイド服の袖を掴んで引っ張りながら、必死に訴えかける。
「お願い! それが何なのか、あたしに話して! リーナがひとりで苦しんでるのに放っておくなんて、あたしはイヤだよ!」
そう叫んだロージーは、涙で滲んだ目をこすった。
そんな彼女の様子を見たリーナも、今にも泣き出しそうに顔を歪め――それから何かを決心した様子で眦を上げる。
「お嬢様……」
強い決意に満ちた目でロージーの顔を見下ろしながら、リーナは言った。
「今すぐ、街へお帰り下さい」
「え?」
リーナの急な言葉に一瞬戸惑いの表情を浮かべたロージーだったが、彼女の真剣な顔を見てハッとする。
「なんだか良く分からないけど……リーナがそう言うんだったら、そうすべきなんだよね」
「……はい」
「だったら、言う通りにするよ!」
大きく頷いたロージーは、くるりと踵を返し、リーナの手を掴んだ。
「じゃあ、リーナもいっしょに帰ろ」
「……」
……だが、リーナはロージーの言葉に小さくかぶりを振って、ロージーの手をそっと振り解いた。
「……リーナ?」
「申し訳ございません、お嬢様……」
怪訝な表情を浮かべるロージーの顔を見つめながら、リーナは弱々しく微笑み、もう一度首を横に振る。
「私はご一緒できません」
「どうしてっ?」
リーナの返事を聞いたロージーは、目を大きく見開きながら、強い口調で問い質した。
「なんでいっしょに来れないのっ? やっぱり何かあるのね! お願い、理由を話して!」
「……申し訳ございません」
腕に縋りついて問い詰めるロージーから目を逸らしながら、リーナが消え入りそうな声で謝る。
「それは、お嬢様にだけは言えません……ですから、とにかく早くこの場から――」
リーナの声が不意に途切れた。
「……どうして? まだ予定の場所じゃないのに……」
「え?」
呆然とした様子のリーナがうわごとのように呟いた言葉を聞いたロージーは、戸惑いながら訊き返す。
「なに? “予定の場所”って――」
「行って下さい、お嬢様!」
ロージーの問いかけを金切り声で遮ったリーナは、彼女の背中を勢いよく押した。
思わず蹈鞴を踏んだロージーは、振り返ってリーナに叫ぶ。
「行けないよ! まずはどういう事か説明し……」
リーナに向けたロージーの声は、途中で小さくなった。
「あの……たくさんの灯りと音……何……?」
周りを見回しながら、ロージーは呆然と呟く。
――彼女の目と耳が捉えたのは、自分たちを目がけて前方から近づいてくるいくつもの松明の光と、十数頭もの馬が上げる地響きのような蹄の音だった……!




