第三十二話 メイドとウォッチドッグと詰問
「……かしこまりました」
それからしばらくの間、「何でもいいから力になりたい」と、地面に這いつくばるようにして調査クエストに没頭するロージーにひっついていたメイドのリーナだったが、主人から全く相手にされなかった事でようやくあきらめ、ガックリと肩を落とした。
「うぅ……お嬢様ぁ……」
消沈した顔でとぼとぼとロージーの元を離れたリーナは、袋に入った豆菓子を摘まみながらクエストの監視をしているアッシュヴェルから少し距離を置いた場所で足を止め、両手を前に重ねて姿勢正しく立つ。
「……あ、あの~」
使用人の待機姿勢を取りながら暗い顔をしているリーナを見かねて、アッシュヴェルがおずおずと持っていた豆菓子の袋を差し出した。
「よ、良かったら食べます? ノワーブルの名産お菓子みたいなんですけど、香ばしくって美味し――」
「いえ、結構」
アッシュヴェルが言い終える前に、冷めきった声で断るリーナ。
「アッハイ……」
彼女のけんもほろろな反応にたじろぎながら、アッシュヴェルはバツ悪げに豆菓子の袋を引っ込める。
……と、
「……あの」
顔は前に向けたまま、目だけを動かしてアッシュヴェルを見ながら、リーナは不意に声をかけた。
豆菓子を摘まもうと袋に指を突っ込みかけたところでそれに気付いたアッシュヴェルは、慌ててもう一度袋を彼女に向けて差し出す。
「あ、やっぱり食べますか? どうぞどうぞ!」
「いや……お菓子じゃなくて」
辟易しながら首を横に振ったリーナは、真剣な目でアッシュヴェルの顔を見つめた。
「……貴方、一体何者なの?」
「え?」
唐突なリーナの問いかけに、アッシュヴェルは戸惑いを浮かべる。
「な、何者って……そりゃ、ただのしがないファルディス冒険者ギルド所属のクエスト監視に――」
「そっちじゃない」
と、アッシュヴェルの返事を固い声で遮ったリーナは、更に表情を険しくさせた。
「分かるわよ。あなたがただのクエスト監視人なんかじゃないって事くらい。もっと別の……いえ、本当の顔を持っているはずよ。違う?」
「……どうして、そんな事を思うんですか?」
少し間を置いて、アッシュヴェルが静かに訊き返す。
それに対し、リーナはフッと口元を緩めた。
「……たとえば、冒険者ギルドのロビーで一悶着した時、紙一重で私の攻撃を躱したあなたの動き」
「え? あ、いえいえ!」
リーナの答えを聞いたアッシュヴェルは、慌てて首と手を左右に振って否定する。
「それは買い被りですよ! ぶっちゃけ、あの時はリーナさんの攻撃が早すぎて微動だに出来なかった感じで……」
「あまり私の事を見くびらないでほしいわね」
ムッとした様子で、リーナはアッシュヴェルの顔を睨んだ。
「私が間合いを見誤る訳が無い。あなたがほんの少しだけ後ろに下がったに違いないわ。……私が気付かないくらい僅かに」
「い、いやいや、眼鏡だけを的確に弾き飛ばすなんて難しいですから、目測を誤るのも無理はないですよ」
「ほら、あの一瞬で、私があなたの眼鏡を狙った事まで見破ってる。タダ者じゃない何よりの証拠よ」
「……あっ」
リーナの鋭い指摘に、アッシュヴェルはハッとして口を押さえる。
それを見た彼女は、不満そうな表情を浮かべた。
「……気に入らないわね」
「え、ええっ?」
リーナが低い声でぼそりと呟いた一言に、アッシュヴェルは素っ頓狂な声を上げる。
そんな彼の顔を険しい目で睨みつけながら、彼女は言葉を継いだ。
「昨日……戦い始めた私を止めようとしてお嬢様が撃った水魔法を食らったのも、わざとなんでしょう?」
「え? あ、いや、ええと……」
「ヘタクソな言い訳しようとしなくてもいいわよ。あの至近距離で私の斬撃を躱せる奴が、遠距離から放たれたお嬢様の水魔法を躱せないはずがないもの」
「……」
リーナの鋭い指摘に、アッシュヴェルは返答に困った様子で頭を掻く。それを自分の問いかけに対する消極的な肯定と捉えた彼女は、悔しげに舌を打った。
「……やっぱり、自分が避けたら私に直撃すると思って、わざと当たったのね。自分の体を楯にする為に」
「ま、まあ……えっと……」
リーナの追及をどうにか上手く言い抜けようと言葉を探すアッシュヴェルだったが、結局観念してコクンと頷く。
「…………はい」
「……ホントムカつくわ、あなた」
そう言いながら、リーナはアッシュヴェルの顔を憎々しげに睨みつけた。
「私なんかを庇ったりして……下心でもあって男らしさでも見せようとしたの? それとも、私の事を弱いと思ってナメたのかしら?」
「い、いえいえ! リーナさんに下心とかナメてたとか、そんな事は……」
嫌悪と敵意を剥き出しにして詰め寄るリーナを前に、アッシュヴェルはオロオロとする。
……と、
「……って、あれ?」
ふとある事に気付いた彼は、訝しげな声を上げて、リーナを制止した。
「ちょ、ちょっと待って下さいリーナさん。あっち見て下さい」
「何よ。私の気を逸らして誤魔化すつもり?」
「い、いえいえ! そうじゃなくって――」
喧嘩腰のリーナに辟易としながら、彼は前方を指さす。
「あ、あそこにいたはずのロージーさん……どこに?」
「……えっ?」
アッシュヴェルの言葉を聞いたリーナは、ハッとした顔で彼が指さした先に目を向けた。
……確かに、つい先ほどまで地面に四つん這いになって植生調査をしていたロージーの姿が忽然と消えている。
「お、お嬢様?」
アッシュヴェルとの会話に夢中になっていたせいで、主への注意が疎かになっていた自分の迂闊さを呪いながら、リーナは周囲を見回した。
「ど、どこに行ったのですか、お嬢様っ?」
「……恐らく、こっちの方向ですね」
地面に膝をついて、下草の乱れを確かめたアッシュヴェルは、森の奥を指さす。
「ロージーさんが草を踏んだ跡が、向こうに続いています。何を見つけたのかは分かりませんが……まだそんなに遠くへは行っていないかと」
「じゃ、じゃあ、その痕跡を辿って、早くお嬢様の元へ――」
リーナが、口早にそう言いかけた次の瞬間――、
「――わぁっ!」
生い茂った木々の向こうから、ロージーのものらしき叫び声が聞こえてきた――!




